ニューヨーク・5番街近く。観光客とビジネスパーソンが行き交うこのエリアに、ひっそりと構えるDJIストアがある。
華やかな大型フラッグシップというより、精密に設計された“ブランドの実験室”とでも呼ぶべき空間だ。
深圳、全世界に同ブランドの大型店舗は存在するが、このニューヨーク店には、「グローバルブランドをローカルで翻訳する」という明確な意図が感じられる。

ドローンやジンバルを単に陳列するだけでなく、AI時代における“体験を通じたマーケティングの再定義”を静かに提示していた。
本稿では、この小さな店舗を通じて、DJIというブランドがいかにUX、データ、共創、AI、人間拡張を戦略的に結びつけているのかを紐解いていく。
第1章:現地体験の具体的描写(感情UIの分析)
私が訪れたDJIストアは、他の家電量販店やApple Storeのような喧騒とは異なる“静かな緊張感”に包まれていた。
展示面積は決して広くない。それでも入店直後に感じるのは、「無駄を極限まで削ぎ落とした機能美」だ。
照明は柔らかく、温度は中庸。製品のマットな質感と木目調の什器が自然に馴染み、**「テクノロジーでありながら生活の一部」**という印象を与える。

テーブルには、Osmo Pocket 3、Action 4、Mic 3、RS 4 Pro、Mavic 4 Proなどの主力製品が並ぶ。
いずれも実際に手に取れるよう設置され、UIは驚くほど直感的だ。
ボタンの感触、金属の冷たさ、軽量なグリップ感──触覚から伝わる「操作体験の完成度」が、DJIブランドの一貫したUXを物語っている。
スタッフは積極的に話しかけてこない。
必要なときだけ数語で説明を添える。その距離感が絶妙だ。
顧客が自分のペースで探索し、“発見する体験”を支援するように空間が設計されている。
この構造そのものが、DJIの掲げる「創造の民主化」というブランド哲学のUI化といえる。
ここで感じたのは、**「感情UI」**としての空間設計である。
派手なデモやノイズの多い音響演出はなく、代わりに静かな映像がループ再生され、
「撮影者の目線で世界を見る」体験を誘発している。
結果として、顧客の創作意欲を“動かす”設計になっており、
「買いたい」ではなく「使ってみたい」「表現してみたい」という感情を喚起する。
第2章:UX設計とブランド戦略の狙い
DJIはすでに「ドローンメーカー」ではない。
この店舗が示すのは、単なる機器販売を超えた、**「人間の知覚を拡張するブランド」**への進化だ。
空間構成は“製品別”ではなく“行動別”に整理されている。
ドローン、ジンバル、マイク、ポータブル電源などが、
「撮る」「記録する」「共有する」という一連の行為をなぞるように配置されている。
顧客は商品説明を受けなくても、自らの動線を通して“撮影体験の流れ”を自然に理解できる。
つまり、商品を売るのではなく、創作行為そのものを体験させる構造なのだ。

これは従来の量販型店舗とは真逆の発想である。
従来の家電小売はスペックや価格訴求を中心としてきたが、DJIは“創作体験”を中心に置く。
店舗全体が「顧客の創造プロセスのシミュレーション空間」となっており、
触れる、構える、試す、撮る──その一連の行為の中でブランドの価値が体感的に理解される。
ニューヨーク店の特徴は、**「ミニマルな空間に戦略的UXが凝縮されている」**点だ。
華やかではないが、明確な狙いがある。
ここでは「購買行動」ではなく「創作欲求」がKPIとして設計されているように思える。
第3章:観察知とデータ活用(AI的構造)
DJIのストアには、AIを直接的に活用した接客システムやセンサー類は見当たらない。
しかし空間全体に、**“AI的観察知”**が流れている。
例えば、展示テーブルの高さは、成人男性がスマートフォンで撮影したときに自然な構図になるよう微調整されている。
照明の角度や反射率も、製品の質感を損なわずに撮影映えするようにチューニングされている。
このような微細なUX最適化は、スタッフの現場観察に基づく定性知の積み重ねであり、
それが「観察→改善→再検証」のループとして回っている。

AI的なデータ処理ではなく、人間の観察知による強化学習が機能しているといえる。
顧客の滞在時間、視線、動線といった非数値的情報を蓄積し、空間レイアウトを更新している。
いわば“人間が運用するAI的UXシステム”である。
このループは、現代のデジタルマーケティングの核心と同じ構造を持つ。
観察から仮説を立て、検証し、改善を繰り返す。
店舗というアナログ空間でありながら、デジタル的な最適化思考が浸透している。
第4章:SNS/UGCとの連携(共創モデル)
DJIストアの展示は、明確にSNS映えを狙った派手さはない。
むしろ全体としては抑制が効いており、静かで観察的なトーンに統一されている。
それにもかかわらず、来店者が自然とスマートフォンを構えたくなるような「構図の余白」が用意されているのが印象的だ。
照明はやや暖色寄りで、金属の質感やマット仕上げが美しく浮かび上がる。
テーブルの高さもスマホカメラに適しており、来店者が製品を撮影したときに歪みが出にくい。
SNS投稿を意図していなくても、“撮りたくなる環境”としてデザインされている。
壁面モニターでは、実際にDJI製品で撮影された映像が流れ、
「自分もこのクオリティで撮れるのかもしれない」という感覚を与える。
それはUGC(ユーザー生成コンテンツ)を直接的に促す演出ではなく、
体験の質そのものが自然に共有されるUX設計と言える。
つまり、SNSを“目的”として空間を作るのではなく、
体験そのものを整えることで、結果的に共有を誘発している。
この「控えめな戦略」こそ、近年のブランドデザインにおける成熟の兆しだ。
第5章:AIと人間の協働モデル(Human-in-the-loop UX)
店舗内でAIが前面に出てくる場面はない。
しかし、DJIの製品群自体がすでにAIを前提とした設計思想で作られている。
ドローンの自動飛行やOsmoシリーズの被写体追尾など、
ユーザーがより“考えずに創造できる状態”を実現しているのが特徴だ。

この発想は、店舗体験にも反映されている。
スタッフの接客は極めて簡潔で、必要最小限の言葉で補足する。
質問を待たずに説明を始めることはなく、顧客の思考プロセスを尊重する姿勢が徹底している。
つまり、人がAIのように“最適なタイミングで最適な支援を行う”仕組みが整っているのだ。
このバランス感覚は、テクノロジー企業として非常に洗練されている。
AIが操作面の負担を軽減し、人間が感情面を支える。
AIと人間の協働が自然に成立しているUXであり、
それがブランドへの信頼を下支えしている。
過剰にAIを押し出すことなく、人が“AIを感じさせない距離”で支援する。
この自然さこそ、DJIがグローバルで支持される理由の一端だと感じた。
第6章:グローバルトレンドと競合比較
グローバル市場で見れば、DJIは「クリエイターエコノミーの中核ブランド」として独自の位置を確立している。
Appleが“創造の民主化”を掲げ、Adobeが“AIクリエイション”を推進する中で、
DJIは**「現実世界の創造体験の民主化」**を担っている。
競合であるGoProがアクション分野に特化し、
ソニーやパナソニックが技術スペックで勝負しているのに対し、
DJIは**「創作の流れ」そのものをデザインするUX企業**として立ち位置を変えている。
特筆すべきは、Emotion Economy(感情経済)への適応力だ。
DJIは「記録」を売るのではなく、「再体験」を売っている。
撮影行為が“感情の自己拡張”として設計され、
店舗はその感情を事前にシミュレーションする装置になっている。
つまり、同社は「テクノロジーで感情を再現する」ブランドに進化している。

第7章:日本企業への実務的示唆
日本企業がDJIストアから学べる最も大きなポイントは、
**「製品中心から行動中心へ」**という転換である。
多くの日本ブランドは、依然として“機能”を訴求の軸に置いている。
しかしDJIのように、「人がどう使い、どう感じ、どう共有するか」という一連の行動設計に重きを置くことで、
小規模でも高密度なブランド体験を構築できる。

特に注目すべきは、空間の「心理距離」設計だ。
照明、材質、スタッフの話し方に至るまでトーンが統一されており、
顧客が「自分の世界観を持ち帰れる場所」として機能している。
AI導入以前に、このような「観察と共感」に基づくUXの精度が問われる。
つまり、AIよりも先に“人間理解の精度”を高めること。
それがリアル空間におけるブランド戦略の第一歩である。
第8章:結論(未来予測)
ニューヨークDJIストアは、派手さこそないが、AI時代のリアル店舗の理想形を体現している。
ここは「製品を売る場所」ではなく、「人間の創造的知覚を提案する場所」だ。
AIが進化すればするほど、ブランド体験の価値は**“リアルな体験の設計精度”**に収束していく。
顧客は効率ではなく「意味」を求めるようになる。
そしてその意味を生み出すのは、テクノロジーそのものではなく、
人の創造的体験を支えるUXのデザインである。

DJIのストアは、わずか数十坪の空間の中で、
グローバル時代の「ブランド×AI×人間」の共存戦略を静かに提示していた。
それは深圳や東京の大型店舗とは異なる、**「ニューヨーク的洗練──縮小の中にある思想」**の象徴である。
✅ 参考情報(Google Map掲載用)
店舗名: DJI Store New York
所在地: 5th Avenue, Manhattan, New York
Google Map: https://goo.gl/maps/djistore

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