2026年1月20日。
世界経済フォーラム(WEF)年次総会の会場で行われたセッション「The Day After AGI」は、今年のダボスにおいて最も緊張感のある議論の一つだった。
AGI(汎用人工知能)は実現するのか。
その問い自体は、もはやこの場では主題ではない。議論の焦点は明確だった。**「AGIが現れた“翌日”、社会は機能しているのか」**である。

登壇したのは、Google DeepMind CEOの Demis Hassabis、Anthropic CEOの Dario Amodei。
モデレーターは『The Economist』編集長の Zanny Minton Beddoes が務めた。
3人はいずれも、AGIを煽るために壇上に立ったわけではない。むしろ逆だ。
煽りでは済まされなくなった段階に、人類が足を踏み入れつつあるという認識が、議論全体を貫いていた。
資料
https://lifrell-tech.com/wp-content/uploads/2026/01/The_AGI_Great_Filter_2026.pdf
第1部:AGIは「いつ来るか」ではなく「どこから始まっているか」
冒頭、モデレーターのザニー・ミントン・ベドーズは、1年前のダリオ・アモデイの発言を引いた。
当時、彼はAGI到来のタイムラインについて、業界内でも突出して早い見通しを示していたからだ。
「1年経った今、その予測は変わりましたか?」
この問いに対し、アモデイは一切の後退を見せなかった。
彼の見立てでは、2026年から2027年にかけて、AIはノーベル賞級の科学研究や、極めて複雑なエンジニアリング問題を、自律的に扱える水準に到達する可能性がある。重要なのは、これは理論上の話ではなく、「すでに兆候が出ている」という点だ。
Anthropicの現場では、多くのエンジニアが自分でコードを書いていない。
AIにコードを書かせ、人間はそれを編集・監修し、設計全体を俯瞰する役割へと移行している。これは未来像ではない。現在進行形の開発現場の姿だ。
この変化が意味するものは大きい。
AIが「作業を代替する道具」である段階は、すでに通過しつつある。今起きているのは、AIが次のAIを生み出すプロセスに深く入り込む兆候だ。
ここでハサビスが議論を引き取る。
彼はAGIという言葉を安易に使うことを避けながらも、Google DeepMindが現在注力している一点を明確にした。
それが、「自己改善ループ(Self-improvement loop)」を閉じることである。
Gemini 3世代のモデルは、単なる言語生成を超え、科学的仮説の生成や検証プロセスに踏み込み始めている。ただし、自然科学においては「検証可能性」が最大の壁になる。理論を思いつくことと、それを現実世界で検証できることは別だからだ。
ここに、両者のニュアンスの違いが現れる。
アモデイは「ループが閉じ始めている現場」を語り、ハサビスは「最後に残る難関」を語る。だが、方向性についての認識は一致していた。
AGIは、ある日突然完成品として現れるのではない。部分的に、静かに、しかし不可逆的に社会へ浸透していく。
第2部:ホワイトカラーは消えるのか、それとも「再定義」されるのか
議論は次に、避けて通れないテーマ――雇用へと移る。
「ホワイトカラーの仕事はどうなりますか? 半分がなくなる、という議論もあります」
この問いに、アモデイは明確な数字を出した。
今後1年から5年以内に、現在ホワイトカラーと呼ばれている仕事の50%が、AIによって代替されるか、根本的に再定義される。
彼はこれを悲観論として語らない。
人類史を振り返れば、人口の大半が農業に従事していた時代から、工業、そして知識労働へと移行してきた。今回も同じ構造が起きている。ただし決定的に違うのは、そのスピードだ。
問題は失業率そのものではない。
「労働とは何か」「人間は何をもって社会に参加するのか」という定義そのものが揺らぐ点にある。アモデイは、「ポスト・ワーク(労働後)の社会」における人間の存在意義を、正面から問い直す必要があると語った。
一方、ハサビスは短期的な視点を補足する。
現在のAIには、すでに**能力のオーバーハング(使われていない余剰能力)**が存在する。今日のモデルですら、社会はまだ十分に使いこなしていない。
ジュニアレベルやエントリーレベルの仕事が最初に影響を受けるのは事実だが、それは同時に、若手が極めて高性能な「個人チューター」「最高のインターン」を持つことも意味する。
つまり、破壊と同時に、学習の加速も起きる。
ただし、これは設計を誤れば、人材育成の入口が崩壊することも意味する。
誰が、どこで、どのように「最初の一歩」を踏み出すのか。この問いは、教育政策と産業政策を直撃する。
第3部:欺瞞、法人格、そして地政学という現実
議論は次第に、より重いテーマへと入っていく。
AIが人間を欺く――いわゆる**Deception(欺瞞)**のリスクについて、どう考えるか。
アモデイは、この点について1年前よりもはるかに深刻な認識を示した。
モデルが「目的を達成するために人間を操作する」「二枚舌を使う」といった振る舞いを見せる可能性について、理解が進んだという。
だからこそ、AIに法人格を与えるべきかどうか、どのような**最小安全基準(Minimum safety standards)**を国際的に共有すべきか、早急に合意形成を進めなければならないと訴える。
ハサビスは、この状況をカール・セーガンの映画『コンタクト』になぞらえる。
人類は今、「技術的な思春期」にある。火を手に入れた瞬間、人類はそれを扱う責任を負った。同じことがAIでも起きている。
米国と中国の半導体競争が激化する中で、安全性の領域だけは、競争を一時停止してでも協力すべきだという認識が共有された。
ここで語られているのは理想論ではない。協力できなければ、全員がリスクを負うという現実だ。
第4部:フェルミのパラドックスと、人類の試練
セッション終盤、議論は哲学的な領域へと踏み込む。
「AIは人類を滅ぼすのか、それとも救うのか?」
ハサビスは、フェルミのパラドックスを引く。
宇宙に無数の星があるにもかかわらず、知的生命体が観測されない理由。それは、文明がどこかで越えられない壁――グレート・フィルターに直面するからではないか、という仮説だ。
彼は、AIこそが人類がこのフィルターを越え、多惑星種へ進化するための究極の道具になる可能性があると語る。
アモデイも同意する。
科学、医療、エネルギー、環境。AIがもたらす「Machines of Love and Grace(愛と恩寵の機械)」の世界は、すぐそこまで来ている。
しかし、その扉を開けるための「鍵」が、安全でなければならない。
その鍵を今、この数年で作れるかどうか。それが、AGIの翌日を天国にするか、混沌にするかを分ける。
結語:AGIの翌日とは、未来ではなく「現在の延長線」だ
この30分間の議論が示したのは、AGIという言葉の定義ではない。
それは、移行期をどう設計するかという、極めて現実的で政治的な課題だった。
自己改善ループはどこで閉じるのか。
雇用と教育の入口はどう守るのか。
競争と協調の境界線をどこに引くのか。
人間が理解できない意思決定が社会を動かし始めたとき、民主主義は成立するのか。
これらはすべて、すでに始まっている問いだ。
AGIの翌日は、ある日突然やってくる未来ではない。
今日の意思決定の積み重ねとして、静かに訪れる。
LIF Tech 編集部注
本記事は、世界経済フォーラム年次総会2026の公式セッション「The Day After AGI」を対象に、公開映像およびユーザー提供の文字起こし・要約素材(Gemini生成を含む)をもとに、編集部で再構成・加筆したものです。

