2026年1月28日。ワルシャワの冷え切った冬の空気とは対照的に、コングレス会場内は、AIがクリエイティブを飲み込む歴史的な瞬間の目撃者になろうとする聴衆で溢れかえっていました。
登壇したGrzegorz Ciosek氏は、開口一番、聴衆のこれまでの常識を否定する衝撃的な問いを投げかけました。 「皆さんは、今この瞬間も、グラフィックそのものが人の行動を直接的に変えられると信じていますか? もしそうなら、それは大きな間違いです。グラフィック単体では何も変えられません。しかし、それを生み出すために我々が費やしてき『時間』と『コスト』の構造が、今、根底から破壊されている。この現実に気づかないデザイナーは、明日には市場から永久に追放されるでしょう」

第1部:16時間働いて100ドル。壊れたデザイン業界の経済的欠陥
Ciosek氏がまずメスを入れたのは、グラフィック制作現場の**「経済的破綻」**です。

20年前の亡霊と戦うデザイナーたち
20年前、クリエイターはPhotoshopの前に座り、クライアントの細かな修正指示に明け暮れていました。「ここを数ピクセル左に」「次は右に」。そんなやり取りを数日間繰り返し、何時間も、あるいは何十時間もかけて一つのバナーやWEBサイトのパーツを作り上げる。それが「プロの職人仕事」だと信じられてきました。
「しかし、ビジネスの現場で支払われる対価を見てください。例えば、あるビジネスサイトのバナー制作で100ドルの報酬を得たとしましょう。しかし、そのためにデザイナーがクライアントと何度も対話し、合計16時間以上の作業時間を費やしていたらどうなるか。時給換算でわずか6ドル。これはもはやビジネスではなく、ボランティアです。この業界が『ブラック』と言われ、疲弊しきっている真の原因は、ツールの難しさではなく、この圧倒的な非効率にあるのです」
市場は常に「もっと早く、もっと安く、もっと多くのバリエーション」を求めています。それに対し、従来のデザイナーは「時間をかけて、自分のこだわりを反映させる」ことで対抗しようとしました。このボタンの掛け違いが、クリエイターの価値を底辺まで押し下げてきたのです。
第2章:Canvaという「投資」の正体。スピードは美学を駆逐する
この非効率な「Photoshop一強時代」に最初の風穴を開けたのが、オーストラリア発のツール、Canvaでした。
「Photoshopのクリエイターが『フォントのカーニングがどうだ』『余白の黄金比がどうだ』と1時間悩んでいる横で、Canvaを使う一般の人々は、洗練されたテンプレートを駆使してわずか数分でデザインを仕上げてしまいました。プロのデザイナーは『あんなのクリエイティブじゃない』と鼻で笑いましたが、ビジネスの現場が選んだのはCanvaでした。なぜなら、変化の激しい現代ビジネスにおいて、『スピード』は『質』以上に強力な正義だからです」
Ciosek氏は、Canvaを単なるツールではなく**「巨大な投資(インベストメント)」**だと表現します。 「Canvaが数千億円規模の投資をAIに投じた瞬間、グラフィック制作の難易度は実質ゼロになりました。もはや、Photoshopを使いこなせるというスキルは『強み』ではなく『高価な重荷(コスト)』へと変わってしまったのです」
第3部:AIインテグレーション ―― 「教育」が追いつかない絶望的な現状
Ciosek氏は、現在の教育機関や企業のあり方に対しても、極めて厳しい言葉を投げかけました。
「もし、あなたの会社や子供たちが通う学校が、AIやプログラミングの教育に投資せず、未だにPhotoshopやCorelDrawの使い方だけを教えているなら、それは絶望的です。99%の定型的なグラフィック制作は、AIによって100%自動化されます。それなのに、高額な学費を払って古い技術を学ばせるのは、将来の失業者を育成しているのと同じです」
これからのクリエイティブの「基本」は、AIを利用することです。 「グラフィックを勉強するなら、周りの環境を見て、トップ企業がどの程度進んでいるかを知り、AIという『思考のプログラム』をどう書くか(プロンプトをどう設計するか)を学ぶべきです。Google、Meta、そして最先端のAIツール……これらを自在に使いこなせない人は、どれほどセンスがあっても、ただの『高コストな部品』として扱われる運命にあります」
第4部:ケーススタディ:Red Missy F325スタイル。5時間で生まれるブランドの美学
セミナーでは、AIによって生成されたブランドビジュアルの実例として**「レッド・ミス・イー(Red Missy) F325スタイル」**が紹介されました。
「スクリーンを見てください。このすべてのグラフィック、すべてのバリエーション、すべてのスタイル。これらは100% AIによって生産されました。かかった時間は、わずか5時間です」
会場から驚きの声が漏れました。通常、これほどのボリューム(70点以上のハイクオリティなグラフィック)を人間が制作しようと思えば、スタイリストを雇い、スタジオを借り、数週間から数ヶ月の時間を要します。
「もし、あなたがこのグラフィックを『質が悪い』『心がこもっていない』と思うなら、私はあなたの個人的な美学を尊重します。しかし、ビジネスとして、**6時間で70点のグラフィックを揃え、即座に市場に投入できる圧倒的な『挑戦の機会(打席数)』**を前に、個人の美学だけで戦うことは不可能です。これがAIと人間の間に横たわる、もはや埋められない生産性の壁なのです」
第5部:写真スタジオの終焉。スマホ一台で完結する「商業写真」の衝撃
Ciosek氏の予測は、広告写真の世界にも及びます。
スタジオ撮影という「過去の遺物」
かつて、商品の広告写真を作るためには、数百万円の機材を揃えたスタジオ、照明技師、経験豊富なフォトグラファー、そして天候の運が必要でした。 「今日は違います。手元のスマートフォンで商品の写真を撮る。それをAIシステムにアップロードする。それだけで、完璧な照明、ドラマチックな背景、無限のバリエーションを備えた広告グラフィックが瞬時に生成されます。スタジオを借りるために大金をドブに捨てないでください。AIを使いこなせる人は、スマホ一台で世界中のどんなトップスタジオも、自分専用のスタッフも、同時に所有しているのと同じなのです」
これは、クリエイターが「制作費を支払う(コストをかける)」側から、「価値を売って利益を得る」側へとシフトするための最大の武器になります。
第6部:動画生成AI「Sora」と、AIが直面する「ブロック(制限)」の現実
Ciosek氏は、話題の動画生成AI「Sora」についても、その最前線の知見を共有しました。
「Soraを使えば、数秒で驚くほどリアルな映像を生成できます。もちろん、今現在は特定のグラフィックやプロンプトが『ガイドライン』によってブロック(制限)されることもあります。しかし、クリエイティブな人間がAIと対話し、次のプロンプトを投げ続けることで、無限のテーブル、無限のバリエーション、無限のストーリーを生成することが可能になります」
重要なのは、AIが何かを生成するのを「待つ」ことではありません。AIが生成したものを土台に「調整」し、さらに自分の意図を深く伝える。この**「対話(ダイアローグ)」**のサイクルをいかに高速で回せるかが、次世代クリエイターの唯一の競争力になります。
第7部:地政学的リスク ―― ヨーロッパの停滞と、アメリカの「VPN」戦略
プレゼンテーションの後半、Ciosek氏は非常に重要な「地政学的・政治的な情報格差」について触れました。
「古いジム(体育館)」に取り残されるヨーロッパの悲劇
「ポーランドを含むヨーロッパの国々は、少し古い体質(Ciosek氏はこれを『古いジム』と呼びました)に固執しているように見えます。規制や伝統、プライバシー保護を重んじるあまり、AIの進化の速度から致命的に置いていかれようとしている。このまま、既存のツールにしがみついていれば、将来、ヨーロッパのクリエイティブ産業は死を迎えるでしょう」
一方で、アメリカでは全く異なる光景が広がっています。 「アメリカのクリエイターは、VPNを使って世界中のあらゆる最先端AIにアクセスし、正確で高速なグラフィック生成を当たり前に行っています。一方で、政治的な制限(バイアス)も始まっています。例えば、ドナルド・トランプや特定の政治家、社会的に敏感な画像生成はブロックされています。しかし、情報を制限しようとする側と、テクノロジーでそれを突破しようとする側の戦いが、クリエイティブの裏側で起きているのです」
ユーザーにとって、本来テクノロジーに「国境」や「犯罪」は存在しません。しかし、どの国の、どのサーバーからアクセスするかによって、使える知能のレベルが変わるという「デジタル主権」の時代が到来しています。
第8部:クリエイターの役割は「職人」から「オーケストレーター」へ
AIが誰でもボタン一つで同じクオリティの画像を作れるようになる中で、人間に残される唯一の価値とは何でしょうか?
Ciosek氏は、それを**「自分のクリエイティブを伝える力(Orchestration)」**だと強調します。
ChatGPTに「プロンプト」を書かせるな
「多くの人が決定的な間違いを犯しています。ただChatGPTに『バナーのプロンプトを書いて』とお願いして、出てきたものを画像生成AIに入れる。それでは『あなたのクリエイティブ』ではありません。誰がやっても同じ結果になります。まず、あなた自身のプロジェクトをどうしたいのか、あなた自身の独自の視点、あなたなりの解決策をしっかり持ってください。ChatGPTを『プロンプトを自動生成する機械』にするのではなく、あなたの脳内にある『解決したい課題』をAIに翻訳させるための、高度なパートナーとして使いこなすべきです」
SNS(TikTok、Facebook、Instagramなど)の現実についても、Ciosek氏は冷徹です。 「SNSの投稿は、わずか数十分から数時間でタイムラインの彼方に流れ去り、人々はすぐに忘れます。そんな消費されるだけの場所に、何十時間もかけて手作りのグラフィックを投入するのは狂気以外の何物でもありません。今の瞬間を切り取り、AIで高速に生成し、人々のクリックを誘う。この『圧倒的なスピード感と機動力』こそが、SNS時代のクリエイティブの正体です。これに怒るのではなく、これを利用するのです」
第9部:月40ドルの「魔法の杖」。富の再分配が始まっている
セミナーの終盤、Ciosek氏は具体的な「生存のためのコスト」について言及しました。
「現在、Soraやその他の最先端AIサービスは、月額約40ドル程度で利用可能です。毎月たった40ドル。これを支払うことで、あなたは人間数百人分の生産性と、驚異的な富をもたらす力を手に入れることができます。多くの『古い』デザイナーが仕事を失うでしょう。しかし、この40ドルを『死に金』ではなく『投資』として使いこなせる人は、その数十倍、数百倍の稼ぎを、たった一人で生み出すことができるのです」
Ciosek氏自身も、このプレゼンテーション資料(Gamma=GumUpと呼称された可能性があるスライド生成AI)を、移動中のわずかな時間でAIを使って作成しました。 「私はスライドの一枚一枚を自分でデザインしていません。自分が何を話したいかを考え、AIに構成を投げただけです。もし、私が一枚ずつ手作りでパワーポイントを作っていたら、今ここで皆さんの前で話す準備をする時間はなかったでしょう」
結論:「速い、安い、良い」の不可能の三角形を突破せよ
クリエイターが長年追い求めてきた「速くて、安くて、質が良い」という3要素。これまではどれか2つしか選べない(トレードオフ)と言われてきました。しかし、AIはその常識を完全に破壊しました。
「AIを使えば、速くて安くて良いものが作れます。クリエイターが求めているのは、もはや『Photoshopの習熟度』という手先の技術ではなく、**『AIという強力なエネルギーをどう制御し、いかにお金を稼ぐか』**というビジネス戦略そのものです。AIのグラフィック革命は、もう終わることのない進化のプロセスに入りました」
最後に、Ciosek氏は会場のブースを指し示し、力強く締めくくりました。 「もし誰かが、私の言っていることが信じられないなら、あるいは実例を直接見たいのであれば、我々Ruvido(レッド・ミス・イー)のブース(F325)へ来てください。そこには、150メートルもの長さを埋め尽くす、すべてAIで制作された圧倒的なビジュアル群が展示されています。その凄みを、自分の目で確かめてください。ありがとうございました」
💡 LIF Tech :Grzegorz Ciosek氏のセミナーが突きつける「3つの残酷な真実」
- 「ピクセル職人」は負債になる 手作業での細かな修正や、特定のツールの習熟度そのものを「価値」と考えてはいけません。それはAIが数秒で代替する「単なる作業」であり、それに固執するデザイナーは、クライアントにとって「遅くて、高くて、融通のきかない負債」になります。
- クリエイティブは「消耗品」と「資産」に二極化する SNSバナーやショート動画は「使い捨ての弾丸」としてAIで量産し、人間はブランドの魂となる「コアなコンセプト(オーケストレーション)」の構築に全時間を投入すべきです。この「アジャイル(俊敏)」な姿勢こそが、2026年以降のマーケティングの基本動作となります。
- 地政学的な「情報の壁」を越える覚悟を持て 日本やヨーロッパという「規制」や「伝統」の枠組みに留まることは、世界最高レベルの知能から遮断されるリスクを伴います。VPNやグローバルなAIコミュニティを活用し、常に世界最先端のエンジン(OpenAI, Midjourney, Sora等)にアクセスし続ける「情報の越境者」である必要があります。
(LIF Tech編集長)の視点
Grzegorz Ciosek氏のセミナーは、耳に心地よい夢を語るものではありませんでした。それは、**「今までのやり方を捨てなければ、あなたはクリエイターとして死ぬ」**という、極めて切実で暴力的なまでの警告です。
特に印象的だったのは、**「16時間かけて100ドル稼ぐ」**という具体的すぎる数字です。これは多くの日本の制作会社やフリーランスが、薄々気づきながらも直視してこなかった現実そのものです。この呪縛から逃れるためには、AIを「便利な補助ツール」としてではなく、自らの「意思を具現化する分身(エージェント)」として、制作の主体を移譲する勇気が求められています。
リフテックでは、今回Ciosek氏が触れた「月40ドルで手に入る神の力」の正体――Soraの最新活用術や、100% AIブランド構築の戦略――について、引き続き深掘りした記事を公開していく予定です。
2026年、クリエイティブの定義は書き換えられました。あなたは、AIに取って代わられる99%の作業員になりますか? それとも、AIを乗りこなし、新たな富を創出する1%のオーケストレーターになりますか?
(構成・執筆:LIF Tech 編集部)

