2026年1月28日、ポーランド・ワルシャワ。 クリエイティブとビジネスの祭典「レマン・コングレス(REMA Congress)」のメインステージに、ノベルティ・ガジェット業界で18年のキャリアを誇るReklamowyGadżet.pl(Gadget.pl)の創業者、Wojciech Wrociński(ヴォイチェフ・ヴロチンスキ)氏が登壇しました。

テーマは**「エンプロイヤーブランディング(採用ブランディング) vs カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)― 良いノベルティ(販促グッズ)は、どう戦略を支えられるのか?」**。
ヴロチンスキ氏が1時間の講演で語り尽くしたのは、単なる「ロゴ入りのペンを配る方法」ではありません。それは、**「物はメッセージを運ぶメディアであり、人間関係を構築するための最も強力な投資である」**という、極めて本質的な経営哲学でした。

デジタル全盛の今だからこそ輝く、物理的な「手触り」を武器にした人間中心主義(ヒューマン・セントリック)マーケティングの全貌を、圧倒的な解像度でレポートします。
解説資料 https://drive.google.com/file/d/1CV5pfjBdEeqjMx4DRa5uLF5eCIUZiiy0/view?usp=sharing
序章:ビジネスとは「人間への恋」である
2026年1月28日。会場を埋め尽くした経営者やマーケターを前に、ヴロチンスキ氏は自身の情熱的な起業ストーリーから口を開きました。
「私は25歳の時にこの会社を始めました。18年間、この業界の最前線で走り続けて導き出した、一つの絶対的な真理があります。それは、ビジネスとは『人間への恋』であり、彼らを守り、喜ばせることそのものである、ということです。私たちの会社には現在11人のメンバーがいますが、私は彼らを単なる働き手とは見ていません。企業の成長と、そこで働く個人の尊厳が重なったとき、初めて市場を動かす本当の価値が生まれるのです」
彼の語る戦略は、効率化や自動化とは対極にある、「手間」と「想い」を価値に変える手法でした。
第1章:ガジェットは「ニュートラル」ではない。関係を「建設」するか「破壊」するか
ヴロチンスキ氏はまず、多くの企業が犯している「ノベルティの致命的な誤解」と、それが招くリスクを鋭く指摘します。

1. 「100円のギフト」が「1,000万円の商談」を壊す瞬間
「想像してみてください。あなたが数千万円もするプレミアムな高級車を販売しているディーラーだとします。商談が成立し、顧客が高揚感に包まれているその瞬間、成約記念としてどこにでもある安っぽく、すぐ壊れるようなプラスチックのノベルティを渡したらどうなるか」
会場の空気が張り詰めます。 「その瞬間、ブランドへの信頼は音を立てて崩壊します。顧客の脳は瞬時に**『自分はこの程度の価値だと思われているのか』**という強烈な否定的感情(認知的不協和)を抱くからです。ガジェットは、受け手にとってあなたの会社の『姿勢』そのものなのです。プレミアムな体験を提供すると謳いながら、チープな物を渡す。この矛盾が、顧客を最も深く傷つけます」
2. 「なぜ」と「誰に」を欠いたバラマキは環境破壊である
「ガジェットは、それ単体ではニュートラルな存在です。しかし、使い道や伝え方を間違えれば、それはただの『ゴミ』となり、ブランドを毀損し、環境を汚すだけです。私たちはかつて、全ヨーロッパに2,600個のパッケージを配送する巨大なコーポレーションのプロジェクトを支援しました。そこには、単に物を送るのではなく、3、4ヶ月にわたる緻密なコミュニケーション設計がありました」
『何を渡すか』よりも先に、『なぜ渡すのか』『この関係をどう進化させたいか』という問いがなければ、その投資は100%無駄に終わります。ヴロチンスキ氏はそう断言しました。
第2章:エンプロイヤーブランディング(EB)の核心 ―― 社員を「最強の伝道師」に変える
「カスタマーエクスペリエンス(CX)とエンプロイヤーブランディング(EB)は、一つのメダルの表裏です」。ヴロチンスキ氏のこの言葉は、現代経営の核心を突いています。
1. 「内部の幸福」が「外部の価値」を決定する
「会社を代表して顧客に接する社員自身が、自社に誇りを持っていなければ、感動的な顧客体験など提供できるはずがありません。顧客を笑顔にする前に、まず社員を笑顔にする必要があります。私たちは、社員が自社ブランドを心から愛するための『物理的な仕掛け』としてガジェットを再定義しました」
例えば、パンデミックで誰もが孤独を感じていた時期、彼らはリモートで働く社員一人ひとりの自宅に、特別なメッセージを添えたパッケージを送りました。画面越しの「お疲れ様」ではなく、手で触れられる「贈り物」が、組織の絆を繋ぎ止めたのです。
2. 多様性と「自己決定権」が愛着を生む
かつてのノベルティは、全員に同じTシャツやマグカップを配るのが「平等」だとされてきました。しかし、ヴロチンスキ氏はそれを否定します。
「今の時代、画一的なバラマキは機能しません。Sサイズの人もいればXLサイズの人もいる。子供がいる人もいれば、ガジェットに興味がない人もいる。私たちは、**『社員が自分で選べるギフトリスト』**という手法を導入しました」
会社が一方的に決めるのではなく、靴下、ウェア、デジタルデバイスなどの中から、社員が自分のニーズに合ったものを「自分で選ぶ」。 「この**『自己決定』のプロセスそのものが、アイテムへの愛着と、会社から『個として尊重されている』という実感を生む**のです。この満足感こそが、社員をやらされ仕事の従業員から、ブランドの最強のアンバサダーへと変貌させます」
第3章:伝説のケーススタディ ―― 感情を揺さぶった3つの「事件」
ヴロチンスキ氏は、単なる理屈ではなく、実際にガジェットが人の心を動かし、危機を救った3つの劇的なエピソードを披露しました。

事例①:アムステルダムでの「一本のボトル」が救った命とブランド
「ある時、OLXグループのイベントがアムステルダムで開催されました。しかし、物流のトラブルで現場での水の供給が完全にストップしてしまい、参加者全員が喉の渇きに苦しむ事態となりました。パニックになりかけた会場で、ある企業が配ったのは、単なるロゴ入りのボトルではありませんでした」
その企業は、中身の入ったウォーターボトルを大量に用意し、**「今、皆が切実に求めている喉の渇きを癒やす」**という課題解決のために配ったのです。 「他社が高い金を払って派手な展示をしている横で、そのボトルを持った人々が会場中を歩き回り、水を飲みながら感謝の言葉を口にしました。それは最高のアドバタイジング(広告)になりました。ガジェットが参加者の『命の恩人』になった瞬間です。困っている時に手を差し伸べてくれたブランドを、人は一生忘れません」
事例②:ロシアの輸入禁止を乗り越えた「10年前のピクニック」
「ロシアとの国境が閉ざされ、あらゆる製品の流通が困難になった時のことです。私の友人の女性は、10年前に私と一緒にピクニックに行き、そこで私がプレゼントしたビクトリノックス(Victorinox)のマルチツールを、今でも大切に持っていました」
彼女にとって、そのナイフは単なる道具ではありませんでした。 「彼女はその道具を使うたびに、10年前の楽しかった会話、その日の空気、私との友情を思い出します。ガジェットの真の価値は、ロゴのサイズではなく、その『物語』の持続性にあります。 物理的な物は、時間を超えて関係を繋ぎ止めるタイムカプセルのような力を持っているのです」
事例③:パックマン(Pac-Man)と30代のノスタルジー
ターゲットに合わせた「文脈」の重要性を示す例として、パックマンの事例が挙げられました。 「ターゲットグループが30歳以上であれば、彼らの子供時代を象徴する『パックマン』のようなレトロなデザインが圧倒的な力を発揮します。彼らはそれを見た瞬間、理屈抜きで『あ、これは自分のためのものだ』と感じます。デジタルな時代だからこそ、物理的なガジェットで感じる『懐かしさ(ノスタルジー)』は、言葉を尽くした説明よりも速く、深く心に届きます。ターゲットの『歴史(キャラクター)』を理解し、そこにシンクロすることが、成功の鍵です」
第4章:アンボクシング(開封)文化と「デジタル・シナジー」
「現代のガジェットは、受け取った瞬間がゴールではありません。SNSでの拡散という『二次爆発』こそが本番です」とヴロチンスキ氏は語ります。
1. アンボクシング(開封動画)という最強のコンテンツ
「今や『アンボクシング』は世界中で非常に強力なコンテンツです。社員やクリエイターが『この会社からこんなに素晴らしい、思いやりのあるギフトが届いた!』とFacebook、Instagram、TikTokに投稿したとき、あなたの会社の信頼性は、数千万円の広告費をかけるよりも遥かに高く、爆発的に拡散されます」
ガジェットは、単なる配布物ではなく、**「誰かに自慢したくなる体験」**としてパッケージングされるべきなのです。箱を開けた瞬間の驚き、手書きのメッセージ、美しい包装。そのすべてがコンテンツになります。
2. QRコードと動画が「物」を物語に変える
「私たちは、ガジェットのパッケージにQRコードを印刷することを推奨しています。それを読み取ると、CEOからの個人的なビデオメッセージや、その製品が作られた背景ストーリー、あるいは使い方のチュートリアル動画が流れるのです」
物理的な「物」と、デジタルな「文脈」を組み合わせることで、ガジェットの価値は何倍にも膨れ上がります。 「単に物を送るのではなく、『映画のような視聴体験』への入場チケットを届けるのです。これが、捨てられないガジェットを作る秘訣です」
第5章:2026年以降のガジェットトレンド ―― エコロジーと多様性
講演の終盤、ヴロチンスキ氏はこれからの時代に必須となる4つのキーワードを提示しました。

- ハイブリッドワークへの最適化: オフィスだけでなく、自宅でもカフェでも使えるアイテム。機能的でありながら、個人の生活空間を邪魔しないデザイン性が求められます。
- エコロジーと「長寿命」のブランディング: 「長く使えること」自体がブランドの信頼性になる時代です。安易な使い捨てプラスチック製品は、もはや企業の倫理観を疑わせる「リスク」になります。リサイクル素材や、修理して使える高品質なものが選ばれています。
- 知識経済(Knowledge Economy)への貢献: ガジェットを通じて教育を支援したり、知識を伝える手段として学校や企業と連携すること。単なる宣伝ではなく「学び」を提供する姿勢が共感を呼びます。
- 多様性の徹底的な尊重: 「平均的な誰か」を狙うのではなく、一人ひとりの好みや生活スタイルに寄り添うパーソナライゼーション(個別最適化)。これが、AI時代における究極のアナログ戦略です。
結論:ビジネスの主役は、常に「心を持った人間」である
Wojciech Wrociński氏の1時間にわたる魂のプレゼンテーションは、会場全体を包み込むような温かく力強いメッセージで締めくくられました。

「私たちはAIや機械と取引をしているのではありません。感情を持ち、明日への希望を抱き、時に傷つく生身の人間を相手にしているのです。デジタルで簡単につながれる今だからこそ、**『手で触れられる感謝の重み』**であるガジェットの重要性はかつてないほど高まっています」
「ただし、絶対に忘れないでください。人間が求めているのは、安っぽいおまけなどではありません。『自分は正しく認識されている、大切にされている』という、手応えのある実感なのです」
「一つの素晴らしいアイデア、一つの揺るぎない目標、そして目の前の一人の人間。それを心から大切にすれば、あなたのブランドは決して台無しにはなりません。質問があれば、このQRコードから直接私に連絡を。私のスマホに直通です(笑)。共に、人間味あふれる未来を創りましょう。ありがとうございました!」
💡 LIF Tech 解析:ヴロチンスキ氏から学ぶ「新時代のノベルティ戦略」3要諦
- 「ロゴ入れ」から「課題解決」への転換 「どこにロゴを印刷するか」を考える前に、ターゲットが「今、どんな不便を感じているか」をリサーチしてください。アムステルダムの水ボトルのように、不便を解決した瞬間、そのガジェットは企業の「分身」として顧客の心の中に住み着きます。
- 社員への「選択の自由」は最強の福利厚生 押し付けのギフトは時に「押し売り」と同じになります。複数の選択肢を与え、「自分で選ぶ」という関与(コミットメント)を促すことが、ブランドへの忠誠心(ロイヤリティ)を劇的に高めます。
- 「物」はデジタル・ジャーニーの「発火点」 ガジェット単体ですべてを完結させないこと。QRコードやSNS投稿を前提とし、物理的な手触りと、その裏側にある深いデジタルストーリー(動画・記事)をシームレスに接続する設計が、これからのスタンダードです。
(LIF Tech編集長)の視点
Wojciech Wrociński氏の講演は、私たちがこれまで「おまけ」程度に考えていたノベルティが、実は**「ブランドの魂を運ぶ最後の1センチ」**であることを教えてくれました。
AIがどれほど進化しても、物理的な「物」を受け取った時の喜びや、手触りから感じる温もりを代替することはできません。論理で説得する前に、物を通じて「あなたの味方です」と伝えること。この「先行する好意」こそが、AI時代に唯一残る、人間ならではの商取引の形かもしれません。
あなたは、顧客の机の隅に放置される「ゴミ」を作りますか? それとも、10年後のピクニックでも語り継がれる「物語」を届けますか?

