2026年1月、東京ビッグサイトで開催された「第10回ロボデックス」。空前の人手不足と自動化ニーズの高まりを背景に、会場は熱気に包まれていた。その中でも特に注目を集めたのが、「ヒューマノイドロボットショー」だ。

なぜ今、人型なのか? 本当に現場で使えるのか?
多くの来場者が抱くこの問いに対し、日本のヒューマノイドロボット開発のパイオニア、カワダロボティクス株式会社が行ったセミナーは、単なる製品紹介を超えた、壮大な挑戦の記録と現場のリアリティに満ちたものだった。
本稿では、会場にいなかった人にもその熱量と「凄さ」が伝わるよう、セミナーの内容を詳細にレポートする。これは、橋梁メーカーという異端の出自を持つ企業が、「日本にものづくりを残す」ために戦い続けてきた、汗と涙と技術の結晶の物語である。
まとめ記事
https://lifrell-tech.com/wp-content/uploads/2026/01/NEXTAGE_Your_Humanoid_Partner.pdf
第1章:異端の出自。橋梁メーカーが挑んだ、早すぎた「人型」への挑戦
セミナーに登壇したのは、カワダロボティクスで新規事業開発を担当するエンジニア出身の熱血漢だ。冒頭、彼が語った会社のプロフィールからして、聴衆の意表を突いた。
「我々は、川田グループという、本来は明石海峡大橋や東京スカイツリーの鉄骨などを手掛ける、バリバリのゼネコン・橋梁メーカーのグループ会社なんです」

巨大な構造物を扱う企業が、なぜ繊細なヒューマノイドロボットを?
その原点は、なんとホンダの「ASIMO」が登場する以前まで遡る。当時、産業用無人ヘリコプターなどを手掛けていた同社の技術力(軽量・高剛性のハードウェア製造技術)に、東京大学の研究者が目をつけたのが始まりだった。「大学の研究室で使うヒューマノイドロボットを作ってくれないか」。この突拍子もない依頼が、全ての始まりだった。

「最初は『本当に作れるのか?』という状態からのスタートでした。しかし、実際にモノを作り上げ、やがて産総研(産業技術総合研究所)の国家プロジェクトにも参画することになり、長年、研究用ヒューマノイドロボットのプラットフォームを提供し続けてきました」
しかし、彼らは単なる研究用ロボットメーカーで終わるつもりはなかった。グループの母体である建設業や物流業が、将来的に深刻な労働力不足に陥ることは明白だったからだ。「いつか必ず、現場で働く人型ロボットが必要になる」。その確信が、彼らを突き動かしていた。
だが、道は険しい。研究室で最先端の動きができても、それをそのまま雨風にさらされる建設現場や、コスト意識の厳しい物流現場に持ち込むことは難しかった。実用化の壁、ROI(費用対効果)の壁に直面し、悩んでいた彼らに転機が訪れる。とある企業からの声掛けをきっかけに、研究用で培った技術を産業用に転用するプロジェクトが始動したのだ。
こうして誕生したのが、産業用双腕ロボット「NEXTAGE(ネクステージ)」である。
「我々の基本思想は、ロボットが全てを代替する、という楽観的なものではありません。『キツイ作業、大変な作業を、ロボットが4割、人が6割』といった比率で手伝ってくれる未来。それを目指してやってきました」
第2章:「協働ロボット」の先駆者として。現場のリアルと戦い続けた10年
セミナーの中盤では、NEXTAGEがどのようにして製造現場のリアルな課題を解決してきたか、具体的な事例とともに語られた。ここでの話は、まさに泥臭い現場の戦いの記録だった。
今でこそ「協働ロボット(人と安全柵なしで一緒に働けるロボット)」という言葉は一般的だが、カワダロボティクスがNEXTAGEを世に出したのは、その概念が定着するはるか前、2009年のことだ。

「当時はまだ『協働ロボット』という言葉すらなかった時代です。我々は、低出力のモーターを採用し、リスクアセスメントを徹底すれば日本でも安全柵なしで運用できる、と主張し、それを実践してきました。誰よりも早く、安全柵を撤廃し、人の隣でロボットを働かせることに挑戦してきたのです」
なぜ、彼らはそこまで「人型(上半身型)」にこだわったのか? その答えは、日本の製造現場の特殊性にある。
「コンセプトは『人のサイズで作る』こと。これに尽きます。日本の工場は、通路も狭く、スペースが限られています。既存の生産ラインにおいて、人が立っていた『一人分のスペース』にそのまま収まること。これが、多くの現場から支持された最大の理由でした」
導入事例が示す「人型」の真価
セミナーでは、動画を交えて具体的な導入事例が紹介された。その一つ一つが、現場の工夫と苦労の結晶だ。

- 電機業界(埼玉県の工場):多能工化するロボット 動画に映し出されたのは、ハンド(手先)を巧みに自動交換しながら、シール貼り、部品の組み付け、ネジ締めと、一人で何役もこなすNEXTAGEの姿だった。 「ここの生産技術の方は非常に優秀で、オリジナルのハンドツールをたくさん作られています。『グランザピー』なんていう愛称までつけて可愛がっていただいて(笑)。ロボットが多能工化し、最後に人間が官能検査(人間の五感による検査)を行う。まさに人とロボットの理想的な協働です」
- 花王(日用品・化粧品):24時間稼働ラインへの挑戦 あの大手消費財メーカー、花王も初期からのユーザーだ。超高速の大量生産ラインではなく、多品種を扱う「中量中品種」のラインでNEXTAGEは真価を発揮している。 「花王さんのような厳しい品質基準を持つ24時間稼働ラインに、我々のような研究上がりの会社のロボットが導入されるのは、正直不安もありました。しかし、もう数年以上もノンストップで稼働しており、大きな自信になりました。ここでも、ロボットが自ら『爪』を交換し、大きなキャップ、小さなキャップと、品種替えに対応しています」

- 医薬品業界(エーザイ、武州製薬):切実な人手不足の現場へ 非常に興味深かったのは、医薬品業界での事例だ。エーザイでは、研究開発の現場で、ロボットがひたすら実験を繰り返していた。 「人間がやるとどうしてもバラつきが出ますし、土日に実験のために呼び出されたりするとブラックになってしまう。ロボットなら安定した品質で、24時間実験を続けられます」 また、ジェネリック医薬品受託製造の武州製薬の事例は、日本の製造業が抱える危機感を象徴していた。 「地域の工場では、もう人が集まらないんです。人手による作業をなんとかロボットに置き換えたい。その切実な思いで導入を決断されました。最近は、『多少コストがかかってもいい、今ロボットの面倒を見られる人材がいるうちに導入を始めないと、5年後、10年後に事業が継続できない』という強い危機感を持った企業が増えています」

これらの事例が示すのは、NEXTAGEが決して「魔法の道具」ではないということだ。現場の担当者が愛情を持って育て、工夫を凝らすことで初めて、かけがえのない戦力となる。そのプロセスを支えるため、カワダロボティクスでは、箱詰め作業などのよくある工程をパッケージ化し、導入のハードルを下げる取り組みも強化しているという。

第3章:未来への投資。AI、遠隔操作、そしてオープンイノベーション
セミナーの後半は、これからのロボットの可能性、すなわち「未来の話」に費やされた。カワダロボティクスは、ハードウェアメーカーの枠を超え、積極的に外部の知見を取り入れている。
「我々一社ではやりきれないことも多い。だからこそ、オープンイノベーションが重要になります」
その言葉通り、アカデミアとの連携は精力的だ。エディンバラ大学や東京大学松尾研究室など、世界トップレベルの研究機関と共同研究を行い、最先端の技術をNEXTAGEに実装しようとしている。

AIが「職人技」を再現する瞬間
特に会場の関心を引いたのは、AI(人工知能)活用の実例だ。「ロボット版ChatGPT」のような先進的な取り組みも紹介されたが、より実用的で衝撃的だったのは、パートナー企業であるエクサウィザーズとの取り組みによる「粉体秤量(ふんたいひょうりょう)」のデモンストレーション動画だった。
サラサラした砂糖、湿気を含んだ塩、舞い上がりやすい小麦粉。性質の異なる粉を、目標のグラム数ぴったりにスプーンですくい取る作業は、人間でも難しい「職人技」だ。
「最初は全然精度が出なかったんです。でも、AIに学習させることで、人間が目分量で『エイヤッ』とすくうような感覚を再現できるようになりました。今では、2グラム狙いで1.99グラム取れる精度です。私なんかよりよっぽど上手い(笑)」
この技術はすでに、材料開発の実験現場などで実用化が始まっているという。
川田グループだからできる「現場実証」
さらに、ユニークなのがグループ内での活用だ。建設現場などの危険な作業、きつい作業をロボットに代替させるため、まずはグループ内でリモートオペレーション(遠隔操作)の実証実験を行っている。
「歩かなくてもいい程度の距離から、テレワークで検査作業などを行う。建設業を抱える我々だからこそ、切実に自動化を進めなければならない領域です」
また、物流大手の日本通運(NX)と共同で行った、遠隔操作による物流ハンドリングの実証実験にも触れ、「ロボット単体では難しい作業も、人が遠隔で介入することで可能になる。働く場所を選ばない、新しい働き方の提案です」と、その意義を強調した。
結び:恐竜から始まった夢、人とロボットの未来へ
セミナーの最後、登壇者は少し照れくさそうに、しかし誇らしげに会社の歴史を振り返った。

「うちは本当に、長いことヒューマノイドばかりやってきた変な会社なんです。昔、愛知万博で恐竜ロボットの足の展示をお手伝いしたことがあるんですが、当時それを見に来ていた子供が、今、うちの会社に入ってきてくれたりするんですよ」
橋梁メーカーの片隅で生まれた、人型ロボットへの情熱。それは、日本のものづくりの現場を支えたいという強い使命感と、ロボットを愛する技術者たちの夢によって、確かな形となって結実していた。
「ロボットが好き、という思いがあれば大丈夫」。そう語る彼らの視線の先には、人とロボットが自然に隣り合い、共に働く未来が、もはやSFではなく現実の風景として広がっているようだった。
第10回ロボデックスの会場で、カワダロボティクスが示したのは、単なる技術の展示ではない。日本の産業界が直面する課題に対する、最も人間臭く、そして最も先進的な「解」そのものだったのだ。

