【完全記録】北京AGI-Nextサミット:中国AI界の「審判の日」智譜(Zhipu)、月之暗面(Moonshot)、通義千問(Qwen)、テンセントが語り尽くした「打倒・米国」への生存戦略

2026年1月10日、北京。清華大学で開催された「AGI-Next」サミットは、中国AI界の頂点が集結する稀有な機会となりました。

  • 唐杰(Tang Jie)氏:Zhipu AI創業者・清華大学教授。政府・学術界との深い繋がりを持ち、中国の「基盤モデル」の象徴。
  • 楊植麟(Yang Zhilin)氏:Moonshot AI(月之暗面)CEO。「長い記憶」の天才。
  • 林俊旸(Lin Junyang)氏:アリババ「通義千問(Qwen)」技術責任者。オープンソース戦略の旗手。
  • 姚顺雨(Yao Shunyu)氏:テンセント主席研究員。元OpenAIの精鋭であり、米中両方の「知」を知る男。

彼らが一堂に会して語ったのは、単なる新製品の自慢ではありません。米国の圧倒的な計算資源、届かないEUV露光装置、そして「リスクを嫌う中国文化」という三振の壁をどう穿つか。その血の滲むような対話が、ここから始まります。

資料 https://lifrell-tech.com/wp-content/uploads/2026/01/Chinese_AI_Innovation_Under_Constraint.pdf


目次

第1部:知能の深淵 ―― 機械に「心」と「感覚」を宿す戦い

1. Zhipu AI 唐杰教授:コーヒーに中毒するように研究に没頭せよ

唐杰教授は、自らの研究哲学を**「コーヒーの精神(Coffee Spirit)」**という言葉で語り始めました。 「私はかつて、コーヒーを飲みすぎて健康が心配だと楊強教授に漏らしたことがあります。すると彼はこう言った。『コーヒーに中毒するように研究に没頭できれば、我々の研究はどれほど素晴らしくなるだろうか』。この言葉は、2008年から今日まで私の指針です。AGI(人工汎用知能)は、今日の明日で結果が出るものではない。10年単位の執念、中毒的な集中力だけが、この長期戦を勝ち抜く唯一の武器なのです」

2019年に清華大学からスピンオフしたZhipu AIは、今や中国の国家戦略の一翼を担っています。唐氏は、2026年に向けてAIが超えるべき「思考の5つのレイヤー」を定義しました。

  1. 表現と計算(Representation & Computation):膨大なデータを保持し、計算する力。
  2. プログラミング(Programming):AIがデジタル世界を操作し、外部と対話する唯一の手段。
  3. 検索(Search):知能の本質。情報を高速に統合し、正解に辿り着く。
  4. 内省と自己学習(Reflection & Self-learning):自らのミスを正し、磨き続ける能力。
  5. 自己認識(Self-awareness):自らの行動を説明し、なぜそれを行ったかを理解する。

特に唐氏が強調したのは、最新モデル「GLM 4.5」の失敗から得た教訓です。 「ユーザーから『植物 vs ゾンビ』のゲームを1プロンプトで作ってくれと言われた時、GLM 4.5はバグだらけで動かなかった。原因は、実際のプログラム環境が、AIが学習してきた静的なコードデータよりも遥かに複雑だからです。そこで我々は**RLVR(検証可能な報酬を伴う強化学習)**を導入しました。AIを実際の実行環境に放り込み、エラーが出るたびに『なぜ動かないのか』を内省させ、修正させる。この『環境との対話』こそが、2026年のAIを『チャットボット』から『ワーカー』へと進化させる鍵となります」

さらに、唐氏は2026年の最重要テーマとして**「感覚統合(Multimodal Sensory Integration)」**を掲げました。 「人間の脳が素晴らしいのは、視覚、聴覚、触覚を一つの感覚として統合できるからです。AIも同じです。単に画像が見える、声が聞こえるだけでは足りない。それらを脳内で統合し、環境を『知覚』して初めて、AIはスマホやPCの中で、数日間に及ぶ長いタスクを完遂できる『工種(職業人)』になれる。これが具身(エンボディメント)への第一歩なのです」

2. Moonshot AI 楊植麟:計算効率の「味(Taste)」と極限の効率

Moonshot AIを率いる若き天才、楊植麟氏は、さらに技術的な深層へと踏み込みました。 「TransformerがLSTMという古い技術に勝ったのは、短い文章の精度ではありません。長い文脈(Long Context)において、情報の損失が劇的に低いからです。AIエージェントの時代において、この長文コンテキストは生存条件そのものです」

Moonshotは、2次最適化手法**「Muon」**を駆使し、トークンあたりの学習効率を2倍に向上させました。さらに、1兆パラメータ級の超巨大モデル「Kimi K2」の安定学習に成功しています。 「知能は電気のようにどこからでも同じように供給されるものではない。モデルには『味(Taste)』が必要です。我々の次世代アーキテクチャ『Kimi Linear』は、従来の技術を凌駕しながら6〜10倍の高速化を実現しました。これにより、AIが200〜300ステップに及ぶ複雑なツール呼び出しを自律的に行えるようになります」

楊氏の言葉には、「米国が物量で来るなら、我々は知能の密度と効率で勝負する」という、計算資源に乏しい中国側の悲痛な決意が滲んでいました。


第2部:アリババ Qwen ―― 「富裕層のAI」と「貧困層のAI」

アリババの「Qwen(通義千問)」を率いる林俊旸氏は、米中格差を「持てる者」と「持たざる者」という残酷な構図で解剖しました。

1. 「貧者のイノベーション」が米国を撃つ

「米国の計算資源は、全体として中国を1〜2桁(10倍から100倍)上回っています。OpenAIやGoogleは、膨大なGPUを『次世代の未知の研究』に浪費する余裕がある。対して中国は、目の前のデリバリー要件(サービス提供)を満たすだけでリソースを使い果たしている。これが現実です」

しかし、林氏はここに希望を見出しています。 「富裕層(米国)は計算力を無駄遣いし、役に立たないゴミのような学習も平気で行います。しかし、貧困層(中国)である我々は、アルゴリズムとインフラを極限まで最適化(Co-optimization)しなければ生き残れない。**『貧しさが強制する効率化』**こそが、ハードウェアとソフトウェアを一体で設計するような、全く新しいイノベーションを生む可能性がある。富裕層にはそうするインセンティブがないからです」

その象徴が、Qwenの「小型モデル戦略」です。 「2023年当時、社内の実験用だった1.8B(18億パラメータ)の小型モデルをオープンソース化しろと後輩に言われた時、私は『こんなゴミを誰が使うんだ』と笑いました。しかし、後輩はこう言ったのです。『GPUを持てない世界中の学生が、これがあれば卒業論文を書ける。彼らにチャンスをあげたい』と。この動機がQwenを世界中に広め、今や119の言語と方言をサポートするまでになりました。アフリカの『スマートではない電話』を使っている人々にまで知能を届ける。それこそが、我々が米国と戦う理由です」

2. 「自意識」は長いコンテキストの先に宿る

林氏はまた、AIの「自意識(Self-awareness)」についても独自の解釈を述べました。 「AIに自意識を持たせるためには、まずコンテキスト(文脈)が十分に長くなければなりません。ゴミのようなデータを詰め込むことに意味があるのかという議論がありますが、人間もまた、膨大な経験(コンテキスト)を経て自らを認識します。我々は内部的に数百万トークンを実現しましたが、それでも足りない。AIが自らを省みるためには、過去のすべての対話を、その瞬間の知能の中に保持し続ける必要があるのです」


第3部:テンセント 姚顺雨 ―― OpenAIを去り、中国で直面した「文化の壁」

元OpenAIの精鋭であり、現在はテンセントでAIを率いる姚顺雨氏は、中国AI界の「構造的欠陥」を最も痛烈に、かつ冷静に批判しました。

1. 中国研究者の「安全地帯への逃避」

「中国には世界最強レベルの優秀な人材が揃っています。しかし、彼らが情熱を燃やすのは、常に『既に誰かが成功を証明した問題』です。事前学習(Pre-training)がうまくいくと分かれば、数ヶ月で米国のレベルをキャッチアップする。だが、『長期記憶』や『継続学習』のような、成功するか分からない未知の領域には、誰も人生を賭けようとしない」

姚氏は、米国人の持つ「狂気のリスクテイク精神」を初期のテスラ車に例えました。 「屋根から雨漏りし、死亡事故さえ起きるような未完成の車に、米国の富裕層は喜んで投資し、使い続けました。中国の富裕層は、安全で完成されたものしか好まない。この文化の差が、パラダイムシフト(常識の塗り替え)をどちらが起こすかの差になっている」

さらに、中国の「リーダーボード(ベンチマーク順位)偏重」についても苦言を呈しました。 「中国企業はリーダーボードの順位に固執しすぎます。DeepSeekが示したのは、スコアではなく『実際に使ってみてエンジニアが気持ちいいか』という実用性です。Claudeも同じです。リーダーボードの制約を超え、自分たちが本当に正しいと思うプロセスを信じ抜く。その『文化の深さ』こそが、今の中国に欠けているものです」

2. To-B(企業向け)市場の未熟さと国際競争

ビジネスモデルの壁についても、姚氏はシビアな見解を述べました。 「米国ではPalantirのように、AIを生産性向上に結びつけ、企業が数億円の対価を払う文化があります。しかし、中国のTo-B(企業向け)市場は地獄です。支払い意欲が低く、企業文化も協力的ではない。だからこそ、多くのチームが最初から『海外市場(グローバル)』を目指さざるを得ないのです」

テンセントのような巨大企業は、10万人の従業員を抱える「自社」を実験場にできる強みがあります。 「スタートアップは学習データを外部ベンダーから買わなければなりませんが、我々は10万人のエンジニアのリアルな試行錯誤をそのままデータとして吸い上げることができます。この『リアルワールド・データ』の活用、そして自社の業務をAIで根底から変革する経験こそが、我々がグローバルで戦うための武器になります」


第4部:パネルディスカッション ―― 中国が「リーダー」になる確率

サミットのハイライトは、4名によるパネルディスカッションでした。モデレーターの李広密氏が投げかけた質問は、会場を沈黙させるほど鋭いものでした。 「3〜5年後、中国のAI企業が世界一になる確率は何%か?」

  • 林俊旸(Qwen):20%だ。 20%というのは、現在の計算資源の制約(GPU不足、EUV未達)を考えれば極めて楽観的な数字だ。しかし、教育は向上しており、リスクを恐れないポスト00世代が現場を支配し始めている。その若き才能の『未知への渇望』に私は賭けたい」
  • 姚顺雨(テンセント):確率は高い。 中国は再現(レプリケーション)と改善において世界最強だ。リソグラフィ(露光装置)の突破、そしてソフトウェア・エコシステムの成熟が起これば、ボトルネックは解消される。問題は技術そのものよりも、我々が『二番手でいい』というマインドセットを捨てられるかだ」
  • 唐杰(Zhipu AI): 「私は非常に楽観的だ。かつて学術界にはGPUが全くなかったが、今は大学にも数万基のGPUが入り始めた。効率性がボトルネックになった今こそ、新たなパラダイムが生まれる。2026年、中国は必ず独自の『Claudeモーメント(歴史的転換点)』を迎えるだろう」

議論は、中国が誇るべき「効率性」の具体例にも及びました。 「我々は米国の10分の1の計算量で、同等のモデルを作り上げる術を知っている。リソースが無限にある米国は、知能を『金で買う』。リソースがない中国は、知能を『工夫で生む』。この工夫の蓄積が、将来ハードウェアの制約がなくなったとき、爆発的な力になる」


第5部:終幕 ―― 張钹院士の喝破「AI時代のアントレプレナーシップ」

サミットの締めくくりとして登壇したのは、中国AI界の長老であり、清華大学の重鎮、張钹(Zhang Bo)教授でした。

「かつて、私は学生が起業することに反対していました。研究者は真実を追うべきだと。しかし、LLM(大規模言語モデル)の登場以降、考えを180度変えた。今、最も優秀な学生こそ、起業すべきです。 なぜなら、AIはもはや単なるツールではなく、人類の価値創造の仕組みそのものを再定義する存在になったからです」

張教授は、未来のAIを3つのレベルに分類しました。

  1. 機能的・行動的主体:人間の作業を助ける(達成済み)。
  2. 規範的・責任的主体:AIが自らの行動に責任を持ち、倫理を守る(極めて困難)。
  3. 体験的・意識的主体:AIが意識を持ち、人間と共感する(人類の不安の源)。

「AIは単なるソフトウェア製品ではありません。水や電気と同じ『汎用技術(GPT)』です。これからの起業家は、単に金を稼ぐのではなく、この強大な力を社会のためにどう統治(ガバナンス)し、持続可能な成長に導くかという『崇高な使命』を背負わなければならない。AIに人間の強欲さや欺瞞(アライメント)を教え込むのではなく、AIによって人間社会をより高潔な場所へ導く。その責任を取れる者だけが、真のリーダーになれるのです」


リフテック(LIF Tech)の視点:日本が学ぶべき「生存の匠」

今回の北京AGI-Nextサミットの記録を読み解き、我々リフテックが日本のビジネスリーダーに伝えたいのは、以下の3点です。

  1. 「計算資源がない」ことを戦わない理由にするな: アリババの林氏が語った「貧者のイノベーション」は、計算資源に乏しい日本が最も参考にすべき戦略です。アルゴリズム、インフラ、そしてビジネスニーズを密結合させ、少ないGPUで最大の知能を引き出す「匠の技」のAI版。これこそが、物量で勝てない我々の唯一の勝機です。
  2. 「安全な二番手」という死に至る病: 姚顺雨氏の指摘は、日本企業にもそのまま当てはまります。「既に成功した他社の事例」を待ってから導入するのは、AI時代においては「死」を意味します。不完全で、事故のリスクさえあるフロンティアに、経営者が自ら身を投じる勇気を持てるか。
  3. 2026年、AIは「エージェント」という職業になる: サミットで共通していたのは、AIが単なる「会話相手」から、数週間単位のプロジェクトを完遂する「デジタル従業員」に進化するという確信です。もはや導入するかどうかではなく、「AIという部下をどうマネジメントするか」というガバナンスのフェーズに、中国は既に入っています。

2026年、AIの戦場は「モデルの大きさ」から「パラダイムの転換」へと移ります。 中国のリーダーたちが抱く「米国への敗北感」から生まれる、地を這うような執念。そして「知能を民主化する」という強い社会的使命。それこそが、次の「知能の朝」を北京で迎えるための原動力となっています。

日本はこの「熱」から何を学び、どう動くのか。2030年の審判は、今この瞬間の行動で決まります。


(構成・執筆:LIF Tech 編集部)

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