「通貨をソフトウェアに変換する。それが今起きている革命だ」―― Circle・ドイツ連邦銀行・GFTN、3極の巨人が描く国際通貨秩序の未来図

目次

―― デジタル通貨カンファレンス 2026|パネルセッション「国家・市場・通貨の新しい関係 — デジタル通貨は国際通貨秩序を再編するのか」全記録

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序章:「3つの極」が、東京に集結した

2026年2月24日午後、東京・JPタワー。

「デジタル通貨カンファレンス 2026 — FUTURE OF DIGITAL MONEY」の午後最初のセッションは、このカンファレンスで最もスケールの大きな問いを投げかけるものでした。

「デジタル通貨は国際通貨秩序を再編するのか」

モデレーターを務めた財務省 国際局地域協力課長の津田夏樹氏は、壇上の3名を「世界のデジタルマネーの3極を代表する識者」と紹介しました。

米国の市場主導モデルを体現する**デイヴィッド・カッツ(David A. Katz)氏(Circle Vice President for Strategy and Public Policy Asia Pacific)。欧州の公的セクター・アンカーモデルを推進するアレクサンドラ・ハックマイスター(Dr. Alexandra Hachmeister)博士(ドイツ連邦銀行 デジタルユーロ担当局長)。そしてアジアのハイブリッドモデルを構築してきたソプネンデュ・モハンティ(Sopnendu Mohanty)**氏(GFTN Group CEO)。

津田氏は謙虚にこう切り出しました。「このステージの伝説的なパネリストたちを前に、私は生徒のような気分です。今日の私の役割は専門家ではなく、1,000人の聴衆の声を代弁して、パネリストから知見を引き出すことです」


第1章:欧州 ―― 「27カ国で1つの通貨、しかし1つの決済システムがない」という構造的脆弱性

津田氏の最初の問い:「デジタルマネーのアジェンダにおいて、国家と市場の関係を形作る最も重要なドライバーは何か」

最初にマイクを握ったハックマイスター博士の答えは、欧州が直面する構造的な問題の核心を突くものでした。

「一つに絞るのは難しいのですが、最近、欧州で非常に顕著になったドライバーがあります ―― それは**通貨主権(Monetary Sovereignty)**です」

博士は、欧州の特殊な構造を説明しました。EUには27の加盟国があり、そのうち21カ国がユーロ圏です。21カ国が同じ通貨を使っている。しかし、その21カ国すべてで機能する「単一の決済システム」は存在しない。

「つまり、非ヨーロッパのインフラに依存せざるを得ないのです。ここが問題の核心です。ウクライナ戦争後のエネルギーセクターで起きたことを思い出してください。金融サービスにおいて自前のインフラを持たないことが、いかに深刻なリスクかがわかるでしょう。そして民間セクターは、これまでその単一インフラを提供してこなかった」

これが、欧州がデジタルユーロという「公的インフラ」を推進する根本的な理由です。

さらに博士は、レジリエンス(回復力)と効率性・イノベーションを加えました。市民の決済行動はデジタル化が進んでいる。自国通貨のアンカー機能を維持するためには、デジタル世界でユーロを「使える」状態にしなければならない。


第2章:米国 ―― 「イノベーション × 規制 = 爆発的成長」の方程式

続いてカッツ氏が、米国の視点を語りました。

「Circleと聞くと、多くの方はステーブルコイン発行体を思い浮かべるでしょう。確かにその通りです。USDCやEURCの発行体です。しかし、私たちがここ1〜2年で加速させてきたのは、オンチェーン・コマースのエコシステムを支えるフルスタック・プラットフォームの構築です」

カッツ氏は、Circleが先月発表したレポート「The Rise of the Internet Economy」に言及しながら、米国を動かしている2つのドライバーを提示しました。

第一のドライバー:テクノロジーの革新。 Circleは現在、ステーブルコイン利用に最適化された新しいブロックチェーン「Arc」のテストネット段階にあります。Arcの特徴は3つ。高速かつ明確なファイナリティ、ガス代がUSDC建て(投機的トークンではなく)、そしてオプトイン型のプライバシー機能です。

特にプライバシー機能については、ユーザーが任意でプライバシーを選択できる一方、法執行機関や規制当局が合法的な目的でトランザクションの中身を確認する機能も備えているといいます。「ビジネスや個人のプライバシーと、規制当局の監督ニーズのバランスを取る設計です」。

第二のドライバー:質の高い規制。 2025年7月に成立した「Genius Act」が、ステーブルコインの定義、裏付け資産の要件(1対1の資産バック)、倒産隔離された資金保管、透明性、償還権などを法制化しました。

「イノベーションと良質な規制を組み合わせると何が起きるか ―― 突然、はるかに多くの参加者がマーケットプレイスに参入してくる。2025年第3四半期だけで、オンチェーン活動は10兆ドルに達しました」


第3章:アジア ―― 「包摂(インクルージョン)」が生んだハイブリッドモデル

モハンティ氏のアジア視点は、欧米とは根本的に異なる出発点を提示しました。

「西側システムのイノベーションは、市場競争が原動力です。英国、欧州、米国から出てくるものは、市場競争とイノベーションの組み合わせです。アジアの文脈では、原動力は**イノベーションとインクルージョン(金融包摂)**です」

インドのAadhaar+UPI、シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア ―― すべてにおいて、中央銀行が包摂とイノベーションの両方を推進する役割を担ってきた。これがアジアのデジタル通貨政策の根幹だとモハンティ氏は語りました。

具体的な数字も衝撃的でした。グローバルなステーブルコイン取引の40%がアジアで発生している。Circleが報告した昨年10兆ドルの機関投資家向け取引フローのうち、アジアが2.5〜3兆ドルを占める。そしてその実態は、新興国間のB2B取引 ―― 輸出者、輸入者、バイヤー、セラーが米ドルへのアクセスを求め、ステーブルコインで決済を行っているというものです。

「従来の3ヶ月かかる決済を45日以内に短縮できる。常にインクルージョンがアジアの採用を牽引してきた」

モハンティ氏はアジアモデルの構造を明確に整理しました。

  • 国家が提供するもの:プログラマブルな決済レイヤー(CBDCとトークン化預金)、相互運用性の保証、KYC/AMLの管理
  • 民間が提供するもの:ウォレット、流動性供給、ステーブルコイン(特にクロスボーダー)

「国家が決済を制御し、民間マネーが流動性を供給する。このハイブリッドモデルがアジアモデルです。国家と市場の完璧な共存を可能にする」


第4章:「CBDCを持たない」と法律で定めた米国の賭け

津田氏は次に、各地域の政策フレームワークの深層に切り込みました。

カッツ氏は、Genius Actのもう一つの重要な側面を明かしました。

「Genius Actは、ステーブルコインの定義と構造を法制化しただけではありません。米国はCBDCを持たないと正式に宣言したのです」

米国政府にはCBDCを発行してデジタル通貨を牽引する能力が、法的に存在しない。したがって、民間セクターのステーブルコインが市場を動かし、進化を牽引する。そしてその方向性を最終的に決めるのは「マーケットプレイス」です。

Circleのエコシステムは、ステーブルコイン単体をはるかに超えています。独自レイヤー1ブロックチェーン(Arc)、Web3ウォレット、ダイナミックFXプライシング機能、クロスチェーン転送プロトコル(30のブロックチェーンに対応、18で相互送金が可能)、トークン化MMF(USYC)、そしてデジタルSWIFTと呼ぶべき決済ネットワーク接続レイヤー。

「市場がどのソリューションが意味をなすかを決める。多くの競合が出てくるでしょう。時間とともに、市場が価値を提供するサービスをフィルタリングする」

ただし、政府の役割は不可欠だとカッツ氏は強調しました。「悪質なアクターがシステムに入り込み、ブロックチェーン経済全体への信頼を損なうことがあってはならない。それが公的セクターが果たすべき極めて重要な役割です」。


第5章:欧州の「誤解」を解く ―― 「公的セクター万能論ではない」

ハックマイスター博士は、欧州モデルに対する一つの誤解を正すことから始めました。

「世界は、欧州が”公的セクターがすべての問題を解決し、民間セクターはその後に来る”と考えていると信じているようです。それは単純に間違いです。私たちが選んでいるのは、公民連携アプローチです」

ホールセール(大口取引)側について、博士はこう明言しました。「我々にとっては、ホールセールCBDCかステーブルコインかという二者択一ではありません。MiCA(暗号資産市場規制)を策定した際、デジタル化によって新しい形態のマネーが生まれることを明確に認識し、ステーブルコインもその一つだと位置づけました」

同時に、大規模な金融取引は現在中銀マネーで決済されており、将来もそうあるべきだという信念を持っている。中銀マネーのユースケースと商業銀行マネーのユースケースは共存する。「どちらか一方ではない」。

リテール側の議論はより複雑だと博士は認めました。「ユーロは30年の歴史がありますが、21カ国で機能する単一の決済オペレーティングシステムはいまだに存在しない。民間セクターはそれを提供してこなかった」

そこで博士が使った比喩が印象的でした。「私はいつもこれを”鉄道”に例えます。デジタルユーロは、21カ国をカバーする基盤レイヤーです。銀行セクターはその上に乗って、イノベーションを展開する。我々は銀行のイノベーションと競争力を促進しているのです」

実務面では、ユーロシステムは今年、最初のホールセールCBDCプロダクション・ソリューションを提供する予定です。「完璧か? おそらくそうではない。しかし、市場がさらにイノベーションを重ね、ユースケースを特定するための基盤になる」と博士は述べました。


第6章:「ドルをソフトウェアに変換している。それが革命だ」

津田氏が投げかけた問い ―― 「国際通貨秩序は少数の支配的スタンダードに収斂するのか、それとも多極的な共存に向かうのか」 ―― に対するカッツ氏の回答は、このセッションで最も鮮烈なフレーズを生みました。

「2つの言葉で答えます。Revolutionary(革命的)とEvolutionary(進化的)

革命的な部分。「今起きていることは、米ドル、ユーロ、円、あらゆる通貨を21世紀対応にアップグレードすることです。AI エージェント対応に。ロボティックAI駆動に。つまり ―― 通貨をソフトウェアに変換している。それが今起きていることです

進化的な部分。「ソフトウェアに変換しているとしても、何をソフトウェアに変換するかは依然として重要です。裏にはフィアット通貨がある。米ドルがフィアット形態からフルにデジタル化された形態に移行することで、ドルのユーティリティは大幅かつ段階的に向上します。しかし、それはすべての通貨に当てはまる」

つまり、オンチェーン世界における米ドルの役割は、時間とともに、従来の金融世界における米ドルの役割に似たものになっていく。現在はUSD建てステーブルコインが圧倒的ですが、リアルワールドアセットのトークン化やAIエージェント経済が国内通貨建てで展開されるにつれ、オンチェーン通貨のエコシステムはフィアット通貨のエコシステムに近づいていくとカッツ氏は予測しました。


第7章:アジアが証明した「二国間から多国間へ」の道筋

モハンティ氏は、アジアのクロスボーダー決済の進化を具体的に辿りました。

まず、各国が国内決済インフラを劇的にアップグレードした。14カ国中10カ国がQRコード決済のポイント・トゥ・ポイント国内インフラを構築した。

次に、二国間接続が始まった。シンガポールが先陣を切り、PayNowシステムをインドのUPI、タイのPromptPay、マレーシアのDuitNowに接続した。「シンガポールに座っている人が、身元情報だけでインドに送金できる。3クリックで。これは画期的です」

しかし、二国間接続には限界があるとモハンティ氏は語りました。「シンガポールの決済システムをタイに接続した時、システムは同一なのに3年かかりました。なぜか? ポリシーの違いと責任の所在が最大の障壁だった」

そこでBIS(国際決済銀行)のProject Nexusが多国間モデルを提示した。しかし、これはアカウント間決済の話であり、B2B決済の根本的な課題は解決しないとモハンティ氏は指摘しました。

「B2Bは複雑です。契約があり、実際の商品の受け渡しがあり、債務関係がある。お金だけの問題ではない。契約の決済、マネーの決済、債務の決済を一つのストリングに統合できるのは、デジタル通貨だけです。アイデンティティ、契約、スマートコントラクトを単一のインストルメントに結合する。それがステーブルコインの決済の未来だと思います」

国家の役割は、中央銀行がすでに確立した決済のルールとガバナンスを「契約の決済」にまで拡張することだとモハンティ氏は結びました。「90日かかる決済において、エンティティのアイデンティティは巨大な要素です。それをどう一つの構造に統合するか ―― それが残された仕事です」


第8章:「信頼のアンカー」はどこにあるか ―― 3極の哲学的回答

セッション最後の問いは、最も根源的なものでした。「デジタル時代において、信頼の究極のアンカーは何か? 中央銀行の制度的信用か、技術の透明性か、プラットフォームのユーティリティか」

カッツ氏は率直に答えました。「答えは”すべて”です」

「デジタルマネーとステーブルコインの起源を振り返れば、当初は規制の外で成長するという思想でした。完全にDeFi、暗号資産、アルゴリズム駆動、規制なし。そして実際にかなりうまくいった。時価総額はおよそ4兆ドルに達した。しかし実体経済と比べれば極めて小さい」

「実際に起きているのは、民間セクターのイノベーションと規制の組み合わせによる大規模なスケーリングです。非規制のアルゴリズム型にも存在意義はある。しかし、大きなスケーリングは規制された側で起きている。イノベーションと政府の組み合わせが信頼を創出し、消費者が価値を感じるユーティリティを加える。それが答えです」

モハンティ氏は30秒で本質を突きました。「VisaとMasterCardが信頼されたのは、規制されていたからではありません。チャージバックがあったからです。問題が起きたら全額返金する。このチャージバックがある限り、信頼は生まれます。物事がうまくいかない時にお金が戻ってくる ―― それにはガバナンスも必要ですが」

ハックマイスター博士は均衡の視点で締めくくりました。「技術的イノベーションによって、やりたいことを実現する可能性が手に入った。同時に、信頼が損なわれると市場にも人々の生活にも深刻な影響を及ぼすことを、時に痛みを伴って学んできた。最終的に、信頼の鍵は安定性です。それが中央銀行として常に焦点を当てているもの ―― 自国通貨の安定性が基盤レイヤーなのです」


終章:「モザイク」としての国際通貨秩序

津田氏は、45分間の濃密なセッションをこう締めくくりました。

「国際通貨秩序の未来は、おそらくモザイクになるでしょう。異なる哲学、異なるアプローチの協働 ―― 今日のような対話と、イノベーションとテクノロジーの力によって橋渡しされるものです」

このセッションが明らかにしたのは、デジタル通貨を巡る「3極」は対立しているのではなく、それぞれの出発点(通貨主権、市場効率、金融包摂)から異なるルートで同じ山の頂上を目指しているということでした。

欧州は公的インフラとしてのデジタルユーロを「鉄道」に例え、その上に民間イノベーションが花開く構造を描く。米国は民間セクターが市場を牽引し、規制がセーフティネットを提供する方程式で爆発的成長を実現する。アジアは国家が決済レイヤーを制御し、民間が流動性とウォレットを提供するハイブリッドモデルで、包摂と効率の両立を追求する。

そして三者が共有する確信は一つ。通貨はソフトウェアになりつつある。 その変換がもたらすインパクトは、革命的であると同時に進化的であり、最終的には ―― フィアット世界の通貨秩序を、デジタル世界に投影したものに収斂していく。

ただし、その「投影」は単なるコピーではない。プログラマビリティ、スマートコントラクト、AIエージェント ―― これらの要素が加わることで、通貨は「持つもの」から「動くもの」へ、そして「考えるもの」へと変貌する。その世界において、国家・市場・通貨の関係は、私たちがまだ想像しきれない形で再編されていくことになるでしょう。


セッション概要

  • イベント名: デジタル通貨カンファレンス 2026 — FUTURE OF DIGITAL MONEY
  • 日時: 2026年2月24日(火)14:35〜15:20
  • セッション: パネルセッション「国家・市場・通貨の新しい関係 — デジタル通貨は国際通貨秩序を再編するのか」
  • 登壇者: 津田 夏樹(財務省 国際局地域協力課長)/ David A. Katz(Circle Vice President for Strategy and Public Policy Asia Pacific)/ Dr. Alexandra Hachmeister(ドイツ連邦銀行 デジタルユーロ担当局長)/ Sopnendu Mohanty(GFTN Group CEO)
  • 主催: NADA NEWS / Japan Fintech Week 2026

本記事はJapan Fintech Week 2026「デジタル通貨カンファレンス」パネルセッションの内容をもとに構成しています。

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