「創業者が広告管理画面にかじりつくのをやめ、チームが自律的に週に何十本もの広告を生み出す体制(マシン)をどう作るか」——これが今日渡す設計図だ。
2025年12月4日、タイ・バンコク。Affiliate World Asia 2025(AWA25)のステージに立ったのは、Venture Beyond CEOのShabazz(シャバズ)氏だ。過去5年で累計4億ドル(約600億円)以上の広告費を運用し、クライアントに数億ドルのリターンをもたらしてきた広告運用の第一人者が語ったのは、数値の話ではなく「組織論と報酬設計」だった。本稿はLIF Tech編集長・Keitoがバンコク現地で取材した完全レポートだ。

Shabazz氏とは誰か——4億ドルの広告運用が証明したもの
Shabazz氏はVenture Beyondのファウンダー兼CEOとして、累計4億ドル以上の広告費を運用してきた。単に広告を出すだけでなく、「広告制作から配信・最適化を行うチームをどう設計するか」という組織論を体系化した人物だ。あるアカウントでは運用再開後8〜9週間で爆発的な売上を記録。AWA25でのセッションでは、その実績を支える組織設計・採用基準・インセンティブ設計の全貌を公開した。
第1章:思考の転換——「量」が「質」を凌駕する
陶芸教室の寓話——なぜ完璧な1本より粗削りな50本なのか

ある陶芸教室で、教師は生徒を2つのグループに分けた。「量」グループは30日間で50個のポットを作ればA評価、クオリティは問わない。「質」グループは30日間でたった1個、最高のポットを作ればA評価という条件だ。
最高の作品が生まれたのは「量」を追ったグループだった。失敗を恐れずに作り続け、実験し、粘土の扱いを身体で覚えた。「質」グループは理論に時間をかけすぎ、平凡な作品しか残せなかった。
広告の「成功率」の現実——10本中9本は失敗する
どんなに優れたマーケターでも、広告のヒット率(Winnerになる確率)は5〜10%程度だ。10本中9本は失敗する——この現実を受け入れると、戦略はシンプルになる。「1本のホームランを狙って時間をかける」のではなく、「打席数(テスト数)を圧倒的に増やす」ことだ。テストを繰り返すほど学習データが溜まり、CPA(獲得単価)は下がり、利益は最大化される。品質より先に「ボリューム」と「効率」を優先する——これがShabazz氏の出発点だ。
「ヒット率5〜10%」という数字は、前セッションのChris Erthel氏(Uplift)の「週15本の鉄則」と完全に一致する。600億円を運用した経験者が同じ数字を語るという事実は、これが業界の客観的現実だということだ。日本企業が「1本のクリエイティブに2週間かける」慣習を続ける限り、このゲームには参加できない。
第2章:組織論——「ポッド型」の失敗と「組立ライン型」の成功
採用基準——マーケティング経験者より「理系思考」を選べ

メディアバイヤーに必要なのはマーケティングのセンスではなく、数字への論理的な理解力だ。広告は数式で動く。だからShabazz氏はSTEM系学生やデータアナリストを採用する。クリエイティブストラテジストについてはコピーライティング能力を最優先にする。動画編集スキルは後から学べるが、売れる言葉の構成力は才能と深い理解が必要で代替不可だからだ。
| 職種 | Shabazz氏の採用基準 | なぜ一般的な採用と違うのか |
|---|---|---|
| メディアバイヤー | STEM系学生・データアナリスト | 必要なのはマーケティングのセンスではなく、数字への論理的な理解力。広告は数式で動く。 |
| クリエイティブストラテジスト | コピーライティング能力を最優先 | 動画編集スキルは後から学べる。売れる言葉の構成力は才能と深い理解が必要で代替不可。 |
崩壊したポッド型組織——40人・1,500通のやり取り

Shabazz氏がかつて試みたのは「ポッド(Pod)型」——メディアバイヤーとストラテジストをペアで運用する体制だ。しかし40人のチームで1,500通のやり取りが発生し、コミュニケーションコストが爆発してスケール不能になった。情報が錯綜し、誰が何の責任を持つか不明確になったのだ。
成功した組立ライン型——工場モデルで情報を一方向に流す

解決策は工場の組立ラインに倣った「一方向の情報フロー」だ。4つのチームが順番に役割を担う。グロースチームが司令塔として戦略を立案し、プロダクションチームが撮影・素材制作を行い、ポストプロチームが編集・配信準備を行い、データチームが結果を分析してグロースチームにフィードバックする。このサイクルを毎週回す。各チームの役割と責任範囲が明確なため、ボトルネックの発生箇所が即座に特定できる。
第3章:制作プロセスのハック術——リードタイム7日と多様性の原則

リードタイムの鉄則——アイデアから配信まで最大7日
アイデア出しから配信まで最大7日間、理想は2〜3日だ。それ以上かかっているなら、承認プロセスか制作の停滞にボトルネックがある。各工程にタイマーを設け、どこで時間が詰まっているかを常時監視している。
効率化の2つのテクニックがある。第一は「アセットの再利用」だ。Adobe Premiereのプロジェクトファイルや動画のトランスクリプトを活用する。1本の動画から別のマーケティング・アングルを見つけ、編集を変えるだけで新しい広告を生み出す。第二は「オープンブリーフ(Open Brief)」だ。クリエイターにガチガチの指示書を渡さない。「この商品で、このターゲットに」という枠だけ伝え、創造性に余白を持たせる。こちらが思いつかない「当たり」が生まれることがある。

多様性こそが武器——オファー変更で100万ドル上乗せした事例
競合のコピーばかりしていても勝てない。アルゴリズムは「多様性」を求めている。静止画・動画・カルーセル、UGC風・プロ仕様・機能説明型、オファー(特典)の変更——これらを組み合わせ続けることが必要だ。
あるブランドで売上が伸び悩んでいた時、「無料のクレンザーをプレゼントする」というオファーに変更し、その価値をLPと広告で明確に訴求した。結果、最初の数ヶ月で100万ドル近い利益の上乗せに成功した。微調整ではなく、オファーやアングルの大胆な変更をテストすることが重要だ。
Shabazz(Venture Beyond CEO)
第4章:インセンティブ設計——「人は報酬通りに動く」
組織の仕組みを作っても、人間の動機が報酬と連動していなければ機能しない。Shabazz氏が最も力を入れているのがこのインセンティブ設計だ。
クリエイターへの「1%コミッション」——トップは年間3,700万円を稼ぐ
制作費(1本300〜500ドル)とは別に、「その広告が使用した広告費の1%」をボーナスとして支払う。広告が長く配信される(=広告費が使われる)ことを望むため、クリエイターはクオリティとパフォーマンスを自発的に追求し始める。「次はいつ納品すればいい?」「もっと良いアイデアがある」と自ら提案してくるようになる。トップクリエイターの年間ボーナスは25万ドル(約3,700万円)以上に達する。
メディアバイヤーへの「ティアボーナス」——最高ティアで基本給が2倍
オフィスのダッシュボードにバイヤーごとの目標消化額がリアルタイムで表示される。目標ROASを守りながら広告費を多く使えるほど——つまり売上規模を作れるほど——給与が跳ね上がる設計だ。バイヤーは必死に「当たりクリエイティブ」を探し、予算を拡大しようと動く。ティア1(白)で基本給+10%、ティア2(緑)で基本給+50%、ティア4(青)の最高パフォーマンスで基本給+100%(給与2倍)になる。
「1%コミッション」と「ティアボーナス」の組み合わせは、外部コスト(クリエイター費用)と内部コスト(人件費)の両方を「成果連動型」に変換するという、極めて合理的な設計だ。日本では制作費の「納品単価」での支払いが一般的だが、これでは配信後の成果にクリエイターが関与するインセンティブがゼロになる。このモデルは日本市場でも応用可能だ。
第5章:AIの活用とQ&A——現場からの率直な答え
AIの「使い所」と「使わない場所」
| 用途 | Shabazz氏の判断 | 理由 |
|---|---|---|
| B-Roll(インサート映像) | ✓ Sora等の動画生成AIを活用 | 視覚的な補完映像は品質基準をクリアしやすい |
| 広告のフック(冒頭) | ✗ 人間の顔と声が必須 | 「信頼性が違う」——人間の表情・感情がCVRを左右する |
| 文字起こし・翻訳 | ✓ 積極活用 | 効率化効果が高く品質リスクが低い |
| 素材のバリエーション出し | ✓ 活用 | 量産サイクルを加速するための補助ツールとして |
| 管理・可視化ツール | 自社開発 | Monday.com等では限界が来たため独自ツールを開発 |
Q&A——4億ドル運用者の率直な答え
Q:大量に広告を出すと「クリエイティブ疲労」や「共食い」が起きませんか?
起きない。Facebookの仕様上、同じ広告セット内ではオークションで競合しない。疲労は「必ず起きるもの」としてプロセスに組み込むべきだ。防ぐのではなく、疲れて使えなくなる前に次の弾を用意し続けることが重要だ。
Q:最大の失敗は何でしたか?
Facebookのバグで1時間に5万ドル(約750万円)を溶かしたことがある。ただ返金されることもあるし、日々の莫大な運用の中では誤差の範囲だ。それより怖いのは、CPM(インプレッション単価)の高騰や、何もテストせずに停滞することだ。
Q:パフォーマンスの悪いメンバーはどうしますか?
トップ10%が80%の価値を生み出す業界だ。トップパフォーマーを見極め、彼らにリソースを集中させる。成果の出ないクリエイターやバイヤーには、早めに見切りをつけることも必要だ。
日本市場への実装ガイド——明日から変えられる3つのポイント
このセミナーの核心は「属人性の排除」にある。日本の現場では1本のクリエイティブの承認に2週間かけるケースも珍しくないが、Shabazz氏はそれを「機会損失」と断じている。
ポイント①:報酬制度の再考——「納品単価」から「配信金額連動」へ
外部の制作会社やフリーランスに「納品単価」ではなく「配信金額連動」の報酬を提示できるか検討する。具体的には「制作費は固定で、広告費の0.5〜1%を成果報酬として追加」という契約形態が出発点になる。日本では契約の柔軟性が低いが、信頼できるパートナーとの間でまず試験的に導入することから始めることができる。
ポイント②:承認フローの簡略化——「てにをは」に2週間かけるのをやめる
コンプライアンス上NGでなければ即配信し、数字で判断する文化を作る。「完璧な広告を作ってから配信する」ではなく「70点で配信して、データが良ければ磨く」という判断基準への転換だ。承認に関わる人数を最小化し、最終意思決定者を1人に絞る「1人決裁ルール」を設けることが特に効果的だ。
ポイント③:理系人材の採用——マーケティング経験者より数字に強い異業種人材を
メディアバイヤーとしてマーケティング経験者ではなく、STEM系・データ分析経験のある異業種人材を採用する。「広告の感覚」より「数字への論理的理解力」が求められる。現場でよく見られる「なんとなく良さそう」という感覚的な判断をデータに基づく判断に置き換えるために、数字を見ることに抵抗のない人材が必要だ。
まとめ:「マシン」を作ることが唯一の出口戦略
Shabazz氏が4億ドルの運用経験から語ったメッセージは、極めてシンプルだ。「創業者が管理画面を触り続ける限り、スケールはない」。陶芸の寓話が示したのは、「考える」より「作る」が先だということだ。ヒット率5〜10%という現実の中で勝つには、打席数を増やすしかない。その打席数を「創業者の手作業」ではなく「組立ラインというマシン」に委ねることが、ビジネスのスケールの条件だ。
1%コミッションとティアボーナスが示したのは、インセンティブ設計こそが組織の「エンジン」だということだ。お金が正しく設計されれば、人間は自律的に動く。日本企業が「管理型組織」から「インセンティブ型組織」に転換するためのヒントがここにある。
LIF Techではこの領域の実務事例を今後も発信していきます。
取材・執筆:Yusuke(株式会社LIFRELL)|取材:2025年12月4日・バンコク AWA25|公開:2026年1月

