Meta(Facebook/Instagram)のAdvantage+をはじめとするAIアルゴリズムの進化は、マーケターから「ターゲティングの主導権」を奪った。今やアルゴリズムは人間よりも正確に「買う人」を見つけ出す。では、人間に残されたレバレッジポイント(テコの原理が働く場所)はどこか——それが「クリエイティブ(広告素材)」だ。
2025年12月、バンコクで開催された「Affiliate World Asia 2025(AWA25)」にて、11年間で142社のグロースを支援し、3,500回以上のA/Bテストを繰り返してきたクリエイティブ・インテリジェンスの第一人者、Chris Erthel氏(CEO, Uplift)が登壇した。彼のクライアントの多くは年商数億円〜数百億円規模でイグジット(売却)に成功している。本レポートでは、彼が語った「勝率を高めるための物量作戦」と、それを少人数で実現するための「AI活用術」、そして顧客の心理をハックする「ブランド構築の科学」を解説する。

第1章:成功の方程式は「失敗の数」で決まる——週15本制作の衝撃
「スマートな失敗」が勝利への唯一の道
Chris氏は壇上でこう語りかけた。「成功している起業家の共通点は何か? それは、誰よりも多く失敗していることだ」。彼は自身の最初の6つの事業を潰している。しかし、その過程で「高速で、安価に失敗する」ことの重要性を学んだ。マーケティングにおける失敗とは、すなわち「反応の取れない広告を作ること」だ。しかし、その失敗データこそが、次の「当たり」を生むための羅針盤となる。

大手も中小も守るべき「週15本の鉄則」
本セッションで最も会場がざわついた瞬間、それは彼が「具体的な制作本数」を提示した時だった。大手クライアントは週に140本の新規クリエイティブを投入し、中小・スタートアップでも最低週に15本の新規クリエイティブを投入している。

「週に15本も作れない」と思うかもしれないが、年商100万ドル(約1.5億円)を超えているChris氏のクライアントは例外なくこの数字を守っている。Metaのアルゴリズムは常に「新しい刺激」を求めている。同じ広告クリエイティブの寿命は、かつてないほど短くなっている。常に新しい燃料を投下し続けなければ、CPA(獲得単価)は高騰し、売上はシュリンクする。これが現代のゲームのルールだ。
リソース配分の黄金比「60:40」
週15本をどう内訳するか。Chris氏は明確なガイドラインを示した。60%が静止画(Images)、40%が動画(Videos/Reels)だ。
静止画の役割はアイデアの検証とクリック率(CTR)の向上だ。制作コストが圧倒的に低く、CanvaやPhotoshopで量産が可能という点がメリットだ。動画の役割はコンバージョン率(CVR)の向上とストーリーテリングだ。商品の質感や使用感を伝え、購入への納得感を醸成する。
多くのマーケターが「動画の時代だ」と言って動画ばかり作ろうとするが、それは間違いだ。静止画は「高速なテスト」に向いている。静止画で当たった訴求(キャッチコピーや画像選定)を、動画にリメイクして本腰を入れて獲得を狙う。このサイクルこそが最も効率的だ。
ネタ切れを防ぐ「3つの源泉」
週15本を作り続けると、必ず「ネタ切れ」に直面する。Chris氏はクリエイティブの源泉を3つに分類した。
①イテレーション(改善・派生):全体の8割
過去に当たったクリエイティブの一部を変える。背景色を変える、冒頭の3秒を変える、見出しの文言を変える。これだけで「新クリエイティブ」としてカウントできる。
②完全新規(New Idea):全体の1割
「フライトモード」にして外部情報を遮断し、真っ白なキャンバスに向かう時間を作る。既存の延長線上にはない、突飛なアイデアを形にする。
③競合分析(Competitors):全体の1割
Facebook広告ライブラリやTikTokのCreative Centerを見て、他社が何で勝っているかを分析する。丸パクリではなく「構造(フォーマット)」を借りることが重要だ。
第2章:顧客心理をハックする「信頼」と「感情」の科学
ただ量産すればいいわけではない。売れる広告には、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが提唱した「弁論術の3要素」が含まれているとChris氏は説く。Logos(論理)・Ethos(信頼)・Pathos(感情)の3つだ。現代のデジタル広告、特にD2CやEコマースにおいて、彼が最も重要視するのが「Ethos(信頼)」と「Pathos(感情)」だ。
【Ethos】「ホワイトハット」で攻める信頼構築
怪しい広告が溢れるフィードの中で、「正しさ(Whitehat)」はそれだけで差別化になる。
Trustpilot(第三者レビュー)の活用:自社サイトの手前味噌な「お客様の声」は信じられない。Trustpilotのような第三者機関のロゴとスコアを、広告クリエイティブやLPのファーストビュー(左上など目立つ場所)に配置する。
「悪いレビュー」こそ武器になる:Chris氏が支援したある美容ブランド(鼻パック)は、効果が出るまで時間がかかるため「詐欺だ」という低評価を受けていた。彼らはそれを隠さず、「お客様の声を真摯に受け止め、使用マニュアルを改善しました」と広告で発信した。結果、信頼度が大幅に向上し、LTVが向上した。
「ブラックフライデー」から「ブラックマンス」へ:ブラックフライデーの数日間だけ安売りをすると、ユーザーは「待つ」ようになり、ブランド価値も毀損する。Chris氏が推奨するのは「Black Month(11月はずっとお祭り)」だ。「1年で一番安いのはこの1ヶ月だけ」と宣言し、早めにセールを開始する。これにより、競合がCPM(広告配信単価)を高騰させる前に、安価に顧客を獲得できる。
【Pathos】画面越しに「五感」を刺激する
オンライン通販の最大の弱点は「触れない」「匂わない」ことだ。これをクリエイティブで突破する。
触覚の再現(カーディガンの事例):「柔らかい」と文字で書くのではなく、インフルエンサーが頬に生地をすり寄せてうっとりする表情を見せる。生地のアップをスローモーションで見せる。これで脳に「触感」を錯覚させる。
ソーシャルグッド(WFPとの連携):「この商品を買えば、世界の飢餓に苦しむ子供に給食を1食届けられます」というアプローチは単なる寄付ではない。購入者に「消費の正当性(言い訳)」を与える強力なPatlhosへのアプローチだ。「無駄遣いではなく、良いことをした」と思わせることで、コンバージョン率は劇的に向上する。
第3章:明日から使える「勝ちクリエイティブ」3つの鉄板フォーマット
Chris氏が数千回のテストを経て「これは鉄板だ」と断言するフォーマットを3つ紹介する。
フォーマット①:ストリート・インタビュー(The 3 Words)
街ゆく人にマイクを向け、「このブランドを3つの単語で表すと?」と聞くスタイルだ。企業側からの一方的なメッセージではなく、第三者の「生の声(UGC)」として認識されるため、広告への警戒心(ガード)が下がる。Chris氏の事例では、ベルリンのブランドでこのフォーマットを採用し、ROAS(広告費用対効果)3.8倍を記録した。
日本での応用としては、渋谷や表参道で実施するイメージだ。日本では少しバラエティ番組風のテロップを入れると、より「コンテンツ」として馴染みやすくなる。
フォーマット②:スニーキングUSP(日常に潜ませる強み)
日常的な行動(コーヒーを入れる、髪をとかす等)の動画の中に、違和感なく商品のUSP(独自の売り)を忍ばせる。コーヒーにミルクを注ぐ何気ないリール動画で、ミルクが沸騰する一瞬だけ「特許技術の泡立ち」というテキストがポンと出る、というイメージだ。冒頭2秒は「美しい映像(High Contrast)」で目を引くことが重要で、広告だと気づかれる前に視覚的な快感で指を止めさせる。
フォーマット③:SNSネイティブUI(フェイクUI)
InstagramのリールやTikTokのインターフェース(いいねボタン、コメントアイコン、音楽のバーなど)を、あらかじめ動画のデザインとして組み込んでおく。ユーザーは無意識に「これは友人の投稿か、おすすめの投稿だ」と誤認する。広告だと認識されるまでの時間を数秒稼ぐことができれば、その間に冒頭のフックで心を掴むことができる。
第4章:たった数人で大手に勝つための「AIツールスタック」
「週15本も作れない」という反論に対するChris氏の答えはシンプルだ。「AIを使え」。彼は特定のツールに依存せず、適材適所でツールを組み合わせる「スイスアーミーナイフ(万能ナイフ)」のような運用を推奨している。
【脳みその拡張】Poppy AI(LLMアグリゲーター)
Chris氏は「Poppy AI」というツールを紹介した。これはClaude・ChatGPT・Geminiなどの複数の大規模言語モデル(LLM)を束ねて使えるツールだ。過去に成果が出なかった広告のスクリプトを読み込ませ「なぜこれが失敗したのか? 共通点を見つけろ」と各AIに分析させる。逆に成功した広告の共通点を抽出させ、新しい脚本を書かせることも可能だ。マーケティングのコピーライティングにおいては、ChatGPTよりもClaude(Anthropic社)の方が人間らしく自然なニュアンスを出す傾向にある、とChris氏は語った。
【手足の拡張】V(V.ai / V-make)——AIワークフロー自動化
Vというツールを使えば、ノーコードで生成AIのワークフローを自動化できる。テキストプロンプトを入力すると画像生成AIが画像を書き出し、それを動画生成AI(Runwayなど)に渡して動かし、音声生成AI(ElevenLabs)でナレーションをつけ、高画質化AI(Topaz)で解像度を上げる——これら全てを別のサイトを行き来することなく、一つの画面上でドラッグ&ドロップで繋ぎ合わせることができる。
Chris氏は「祖母の家で、深夜2時までこのツールで遊んでクリエイティブを量産していた」と語った。エンジニアでなくとも、自分だけの「制作スタジオ」を持てる時代だ。
【利益の最大化】Omnisend(オムニセンド)
Meta広告で集めた顧客を、いかにリピーターにするか。Chris氏はOmnisendへの移行を推奨している。Eメールだけでなく、SMS(ショートメッセージ)やWhatsAppなどを統合して管理できる「オムニチャネル」なCRMツールだ。Chris氏のクライアントは、Omnisendを活用したリテンション施策でROI(投資対効果)60倍以上という数字を叩き出している。広告は「きっかけ」に過ぎず、利益はCRMから生まれる。
第5章:日本市場で実践するための「ローカライズ戦略」
海外の最新ノウハウをそのまま日本に持ち込んでも失敗する。日本市場特有の文脈に合わせた変換ポイントを整理する。
「信頼(Trust)」の日本的解釈
欧米ではTrustpilotが絶対的な権威を持つが、日本ではまだ浸透していない。日本で「Ethos(信頼)」を担保するものは以下の3つだ。
①ランキングNo.1の称号:楽天ランキング・@cosme・Amazon売れ筋ランキングなど。「みんなが選んでいる」という事実は、日本において最強の信頼シグナルだ。
②専門家の権威:医師・管理栄養士・美容家などの監修。実名と顔写真が必要だ。
③丁寧すぎる顧客対応:「悪いレビューへの返信」は日本では特に効果的だ。「お客様の声を受けて、パッケージをこう改良しました」というストーリーをLPの冒頭に持ってくると、コンバージョン率が上がる。
クリエイティブの「湿度」を上げる
欧米の広告は「High Contrast(高コントラスト)」でパキッとした映像が好まれるが、日本では少し「湿度」のある情緒的な表現が好まれる傾向がある。生成AIで画像を作る際、CGっぽい完璧なライティングではなく、少し生活感のある「自然光」や「手作り感」を意識したプロンプトを入れることが重要だ。動画のナレーションも、AI音声そのままだと冷たく感じる場合があるため、日本の声優データを使うなどして親近感を演出することを推奨する。
第6章:明日から実行すべきアクションプラン
STEP 1:マインドセットの変革(Day 1)
チームへ「これからは週に15本のクリエイティブを作る」と宣言する。反発があるかもしれないが、「AIを使うからリソースは増やさない」と付け加える。「15本のうち14本は失敗してもいい。1本のホームランが出ればペイする」というルールを明確にする。
STEP 2:環境構築(Day 2-3)
Claude Pro(有料版)を契約し、自社の過去の当たり広告・負け広告のテキストデータを読み込ませて分析させる。画像生成(Midjourney等)と動画生成(Runway Gen-2等)のアカウントを開設し、まずは静止画素材の背景を生成AIで作ることから始める。
STEP 3:制作と実装(Day 4-7)
静止画9本・動画6本の計15本を作成する。既存の当たり画像のキャッチコピーを変えたものを5本、背景を変えたものを4本、スマホで撮影した「商品を使っている手元動画」にAIナレーションをつけたものを6本という内訳が目安だ。「3語インタビュー」の日本版として、社員や友人に協力してもらいiPhoneで撮影した「この商品を3つの言葉で言うと?」という動画をテスト的に作ることも推奨する。
まとめ:「長期的なゲーム」をプレイせよ
Chris氏は講演の最後をこう締めくくった。「長期的なゲームをプレイしよう。短期的なハックではなく、長く愛されるブランドを作るためにクリエイティブを使おう」。
週15本という数字は、単なるノルマではない。それは、顧客と対話し、理解しようとする「試行錯誤の回数」だ。AIという強力な武器を手に入れた今、リソース不足は言い訳にならない。まずは今週末、1本の新しい動画をiPhoneで撮影することから始める。それがビジネスを次のステージへ押し上げる第一歩となる。
LIF Techではこの領域の実務事例を今後も発信していきます。
取材・執筆:Yusuke(株式会社LIFRELL 代表取締役)|取材:2025年12月4日・バンコク Affiliate World Asia 2025|Speaker: Chris Erthel(CEO, Uplift)

